新派に吹く新しい風
そして今、喜多村緑郎は劇団新派に変革をもたらしている。
端緒となったのは、2017年6月の花形新派公演『黒蜥蜴』だ。
この言わずとしれた江戸川乱歩の名作で、緑郎は明智小五郎役を演じた。かつては美輪明宏や坂東玉三郎、そして初代水谷八重子が演じた黒蜥蜴役は、河合雪之丞である。ともに歌舞伎からの越境者であるふたりは、周囲の力も借りながら、和洋折衷のレトロモダンな世界を現代的な強度を備えたエンタテインメントへと見事にパッケージしてみせた。何より彼らの『黒蜥蜴』には、ほかの現代劇にはない、様式に基づいた美しさがあった。
三越劇場という会場もまたよかった。大理石の壁、天井のステンドグラスなど相性バツグン。しかも日本橋三越の6階、隣りは黒蜥蜴垂涎の宝石売り場である。
この『黒蜥蜴』は好評を呼び、同じ年、喜多村緑郎は池袋のサンシャイン劇場で「怪人二十面相~黒蜥蜴二の替わり~」という自主公演も打った。この公演に関しては、妻・貴城けいの貢献もはかり知れないものがあるのだが、今は言うまい(と言いつつ、書いてしまっているのだが)。
『黒蜥蜴』は翌年にも再演され、評判を高めた。さらに、2018年、新派130年記念公演として繰り出された次の一手は、横溝正史の大ヒット作『犬神家の一族』。当然、金田一耕助を演じるのは、喜多村緑郎だ。
もちろん見ましたよ、新橋演舞場。原作、映画、ドラマと数あれど、新派メソッドで演じられる横溝ワールドはまた格別。この路線、完全に何かをつかんだようで、これまた新派のポテンシャルを拡張する傑作だった。衣裳も舞台美術も溜息がでるほど素晴らしかった。
そして、まもなくだ。満を持して幕を開けるのが、あの名作『八つ墓村』である。もはや書くまでもないが、モチのロン、金田一を演じるのは喜多村緑郎だ。
何やってんだロクロウ! 『問わず語りの松之丞』改め『問わず語りの神田伯山』(TBSラジオ)でも伯山先生が叫んでいたが、私も同じ気持ちである。「同じ」というのはつまり、芸能者としての喜多村緑郎への評価は揺るがない、ということだ。妻である貴城けいさんは本当にお気の毒だし、きちんとケアされるべきだと強く思うが。
何はともあれ、読者の皆さまにおかれては、ぜひ劇場で新派の新しい風を感じてみていただければ幸いである。