マライの異常な愛情、または「私は如何にして心配するのを止めて『銀英伝』を愛するようになったか」膨張する宇宙篇(マライ・メントライン)

2022.9.9
マライサムネ

9月30日から公開が始まる『銀河英雄伝説 Die Neue These 策謀』(三章構成)を考察、前回「起動篇」につづきお届けするのは「膨張する宇宙篇」。ドイツ語監修を担当するマライ・メントラインは「今回は完全に個人的見解を述べます」とやや不穏に始め「制作スタッフが書くにはネタがヤバめ」というのだが、これは、新たな銀河の1ページとなるのでしょうか。


地下格闘技場みたいな暗黒頭脳フィールド

【前回概要】微妙に『ノイエ銀英伝』(『銀河英雄伝説 Die Neue These 策謀』)の中の人といえるかもしれない、ドイツ語というか「銀河帝国語」監修担当のマライ・メントラインが、制作の舞台裏や作品の魅力を語る! そして作品解釈の深奥に分け入ろうとしたところで「待て、次号!」という勿体ぶり商業主義じみた展開が。ズルいぞマライ! そしてついに、その「次号」がやってきたのだ。

「銀河英雄伝説 Die Neue These 策謀」第一章 本予告

今回は完全に個人的見解を述べます。前回記事がプロダクションI.Gや銀英伝公式の協力をいただいた檜舞台だったのに対し、今回は、法律が存在しない地下格闘技場みたいな暗黒頭脳フィールドですので、どうぞよろしくお願い致します。

さて銀英伝には、「史実的エッセンスの再構築」という面で識者を唸らせる瞬間が多いわけですが、私が個人的に大きなインパクトを感じたのは……。

ナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒ暗殺作戦(エンスラポイド作戦)という史実をご存じでしょうか?
ナチス最高幹部内で最凶の切れ者であり、ナチのユダヤ人迫害を「民族抹殺」に路線変更し、上官である親衛隊長官ハインリヒ・ヒムラーを実力で圧倒していたハイドリヒ。彼は1942年5月、自身が総督を務めていた占領地チェコにて英軍所属のチェコ人エージェントに暗殺され、その後、チェコ国内ではナチスによる一般市民への報復弾圧の嵐が吹き荒れました。

この暗殺作戦はそもそも、「ナチに従順で、よく働くなら下層民でも厚遇する」というハイドリヒの占領政策が功を奏して、チェコで対独レジスタンス活動が下火になってしまい、さらにドイツ軍のための軍需生産力がアップしたことに危機感を抱いた英国政府と英軍情報部が計画したものです。そしてこれを知ったチェコの現地レジスタンス組織は仰天し、英国に対し中止を嘆願しました。「やめてくれ! 成功失敗を問わず、そんなことをしたらナチがどんな理不尽な報復に出るか想像してみろ!」と。英国はこれに返答せず、作戦を着々と進行させました。現地民に決して聞かせられない英軍サイドの返答は「そう、【だからこそ】やるんだ。ナチの野蛮な報復が、沈静化したチェコ市民の反独意識を掻き立てるだろうから」というもので、実際そうなりました。せっかく上手くいっていたハイドリヒの占領地懐柔政策が水泡に帰すため、当初、プラハのナチス親衛隊本部は暴力的報復に消極的でしたが、ハイドリヒの後任のチェコ総督が絵に描いたような権威的凡人だったため、英国の狙いどおりにナチはやらかしたのです。

あの史実の「語られざる」キモそのもの!

これは「悪を以て悪を討つ」妥当性というものを深く考えさせる極めて重要な暗黒史実で、専門的な史書にはちゃんと書かれているのですが、小説・ドラマの類では、「確かに犠牲は出るかもしれない。だがこれは悪の根を断つため、人間性の灯を世界に示すために必須のアクションなのだ!」みたく、動機が美談的に書き換えられています。そう、一般の歴史観にて反ナチの「義挙」に暗黒面があってはならんのです。実験文学なのにハイドリヒの評伝みたく読書人の間で評判になってしまったローラン・ビネの『HHhH』も同様。私から見ればあれは「読まれ方によって」高度な残念本になってしまった文芸的悲劇の一例です。誰もが、メジャーな文化市場では、あの件の真に考えるに値するキモな部分を今なおスルーしてしまう。ナチという要素に対し「政治的に無難にふるまう」ことを優先するから。なんという歯がゆさ!

『HHhH』ローラン・ビネ/高橋 啓 訳/東京創元社
『HHhH』ローラン・ビネ/高橋啓 訳/東京創元社

……という経緯を見て、『銀英伝』ファンならお気づきの方も多いでしょう。
「いっそ、血迷ったブラウンシュヴァイク公に、この残虐な攻撃を実行させるべきです。そのありさまを撮影して、大貴族どもの非人道性の証とすれば、彼らの支配下にある民衆や、平民出身の兵士たちが離反することは疑いありません。阻止するより、そのほうが効果があります」
こ、これだ! このパウル・フォン・オーベルシュタインの冷徹120%な言葉こそ、まさにあの史実の「語られざる」キモそのもの! 史実的エッセンスを仮想世界で再構築するからこそ出来た一撃、といえるかもしれません。実際に田中芳樹先生がハイドリヒ暗殺作戦から「ヴェスターラントの惨劇」の着想を得たのかどうかは不明ですが、結果オーライ。この方法ならいけるのか! と私は率直に衝撃と感銘を受けました。ゆえに、たとえどれほどツッコミどころがあろうと『銀英伝』はスゴイ。私は『銀英伝』の味方です。ある意味、通常の史書より勉強になる面もあるぞ。

ちなみにヴェスターラントの惨劇に向けて運命が動く場面、上記のセリフを放つオーベルシュタインのキャラぶりがまた観念的な説得力を深めます。特に『ノイエ銀英伝』でいえば、諏訪部順一さんのあの声。悪とは絶妙に言い切れないダークサイドの深みとはこのようなものか! というみごとな腹落ち感がありますね。これもアニメならではの醍醐味といえるでしょうか。と、そんなこんなで、我が家で『銀英伝』ベストキャラといえば、とにかくオーベルシュタインなのです。いつも心にオーベルシュタイン!


『スター・ウォーズ』世界にオーベルシュタインが行ったら

銀河帝国といえばゴールデンバウム朝やローエングラム朝のほか、『スター・ウォーズ』で ローマ法王ベネディ以下自粛 暗黒卿ダース・シディアスが統治したやつもあるわけですが、『スター・ウォーズ』世界にオーベルシュタインが行ったらどんくらい活躍できるのかしら、とかつい考えてしまったり。EP6で(ルークを暗黒面に誘うため)第2デス・スターに乗り込もうとする皇帝に「お待ちください陛下、これは罠だと思われます」と図々しく辣言してイラっとさせたあげく「けっこう。ベイダー閣下ひとりを腹心と頼んで、あなたの狭い道をお征きなさい」とか言い放つ場面とか見てみたい気が。

というか、よく考えてみると『スター・ウォーズ』のスローン大提督って、そもそもオーベルシュタインがあっちの銀河帝国に転生したような存在ですね。論理分析力だけですべて勝っちゃうあたりとか。でもって、こっちの銀河帝国でいえばミッターマイヤーとロイエンタールとミュラーを足して1で割ったような(つまり割ってない)役割を単独でしょわされていたっぽいわけで、『スター・ウォーズ』の銀河帝国って地味に人材難に苦しんでいたんだなぁ、と改めて痛感してしまいます。そんなんだからイウォーク相手に苦戦しちゃうのよ!

制作スタッフが書くにはネタがヤバめ?

……と、ここまで述べてきて思うのが、この記事、一般的な意味でファンも制作スタッフも批評家も書かなさそうな内容だな、ということ。ファンが書くには観点がメタ的すぎるし、制作スタッフが書くにはネタがヤバめだし、批評家が書くには妙にアツすぎる! という感じで。むしろそれら全部の要素を含む「沸騰する汽水域」という表現が可能かもしれませんが、うーんこんなんで市場的ニーズがあるのか? というとわかりません。しかしなんとなくありそうな気はする。

というわけで、読んだファンや制作スタッフや批評家の皆様が、アングラ的な角度からついついほくそ笑んでしまう、そんな執筆スタンスで今後もやっていくと思います。何かネタが発生したら遠慮なく書きますので、どうぞよろしくお願い致します。

ではでは、今日はこのへんで、Tschüss!

(『銀河英雄伝説 Die Neue These 策謀』の詳しい情報は、記事下にあります。このページをスクロールしてください)


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  • (C)田中芳樹/銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会

    『銀河英雄伝説 Die Neue These 策謀』

    ●上映日:第一章 9月30日(金)第二章 10月28日(金)第三章 11月25日(金) 全国47都道府県の劇場にて 各章3週間限定上映(一部劇場を除く)


    ●キャスト

    ラインハルト・フォン・ローエングラム:宮野真守
    ヤン・ウェンリー:鈴村健一 ユリアン・ミンツ:梶裕貴
    パウル・フォン・オーベルシュタイン:諏訪部順一
 ウォルフガング・ミッターマイヤー:小野大輔
    オスカー・フォン・ロイエンタール:中村悠一
 アレックス・キャゼルヌ:川島得愛 
フレデリカ・グリーンヒル:遠藤綾
    ワルター・フォン・シェーンコップ:三木眞一郎
 アンネローゼ・フォン・グリューネワルト:坂本真綾
    ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ:花澤香菜
 オリビエ・ポプラン:鈴木達央
    ダスティ・アッテンボロー:石川界人 
アドリアン・ルビンスキー:手塚秀彰
    ドミニク・サン・ピエール:園崎未恵 
ルパート・ケッセルリンク:野島健児
    ナレーション:下山吉光 



    ●スタッフ
    
原作:田中芳樹(東京創元社刊)/監督:多田俊介/シリーズ構成:高木登/助監督:森山悠二郎/
キャラクターデザイン:菊地洋子 寺岡巌 津島桂/総作画監督:後藤隆幸 菊地洋子/特技監督:竹内敦志/
メカデザイン:竹内敦志 臼井伸二 常木志伸/オリジナルメカデザイン:加藤直之/
プロップデザイン:太田恵子/プロップデザイン・紋章デザイン:秋篠Denforword日和/
3D:ランドック・スタジオ I.G3D/3D監督:磯部兼士/美術:美術:Bamboo/美術監督:竹田悠介/
美術設定:塩澤良憲 曽野由大 金平和茂/美術デザイン:渡部隆/色彩設計:竹田由香/
音響監督:三間雅文/音楽:橋本しん(Sin)井上泰久/音楽制作協力: Sony Music Publishing (Japan)Inc./主題歌
 主題歌:「dust」SennaRin(SACRA MUSIC)/テーマソング「melt」SennaRin(SACRA MUSIC)/
撮影監督:荒井栄児 小澤沙樹子/編集:黒澤雅之/制作:Production I.G/監修:らいとすたっふ/
企画協力:ROOFTOP/制作協力:徳間書店/宣伝協力:アールアールジェイ/
製作:銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会

    (C)田中芳樹/銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会

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  • 『本音で対論! いまどきのドイツと日本』池上彰、マライ・メントライン、増田ユリヤ/PHP研究所

    『本音で対論! いまどきの「ドイツ」と「日本」』

    池上彰、マライ・メントライン、増田ユリヤ/PHP研究所
    定価:1,650円

    関連リンク


Written by

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業。ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介されたりするが、自国の身贔屓はしない主義。というか..

QJWeb今月の執筆陣

酔いどれ燻し銀コラムが話題

お笑い芸人

薄幸(納言)

「金借り」哲学を説くピン芸人

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岡野陽一

“ラジオ変態”の女子高生

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奥森皐月

ドイツ公共テレビプロデューサー

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マライ・メントライン

毎日更新「きのうのテレビ」

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