マライの異常な愛情、または「私は如何にして心配するのを止めて『銀英伝』を愛するようになったか」起動篇(マライ・メントライン)

文=マライ・メントライン 編集=アライユキコ
(C)田中芳樹/銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会
9月30日から公開が始まる『銀河英雄伝説 Die Neue These 策謀』(三章構成)のドイツ語監修を担当するマライ・メントラインがお届けする制作秘話。今回は「起動篇」と題し、発表から40年後も古びない名作の魅力をガイダンスします。
『ノイエ銀英伝』のドイツ語監修を担当
『銀河英雄伝説』皆様ご存知ですか?
私は超知ってます。何故かといえば、アニメ版『銀河英雄伝説 Die Neue These(以下、ノイエ銀英伝)』にてドイツ語監修を担当しているからです。銀英伝といえば作中のドイツ語がちょっと変ということでさんざんイジられたことでも有名ですが、ノイエ銀英伝では「アレはドイツ語ではなく、遠未来の既得権サークルが文化的なカッコつけのため、古代語たるドイツ語を不完全に再現した【銀河帝国語】なので超ノープロブレム」(銀河帝国はルドルフという一政治家が選挙で皇帝に選ばれたのち、近世ドイツ社会を模倣したという設定となっている)という、天才的な解釈と割り切りでこの問題を克服。よって、
・「ファイエル!」とか有名な表現はそのまま!
(「Feuer」は本来フォイヤーと発音するのだ)
・書き文字のたぐいは正確なドイツ語表記で!
という「大胆でデカい嘘」と「精密・正確なディテール」の組み合わせで「わかった上で敢えてやってるんです」感をかもし出す仕様になっているのです。素晴らしいぞ。これはたとえば「剣奴」を「拳奴」に大胆チェンジしながら本格歴史漫画として成功を収めた古代ローマ帝国バトルサスペンス『拳闘暗黒伝セスタス』(技来静也)の手法と似ていますな。なんか微妙にマニアックでわかりにくい喩えで申し訳ないですが、アングラ脳ゆえそういう語りしかできないので許してください。

キルヒアイスの自筆サインを!
ということで『ノイエ銀英伝』内にて、文書とかホロ表示に出てくるドイツ語文章は基本的に私が書いたり監修しています。イゼルローン要塞での捕虜交換式典で登場するキルヒアイスの自筆サインを書いた(描いたというべきか)ときは、キルヒアイスの魂を憑依させて書こうと頑張ったため200パターンほど作成しました。で、これぞというのを提出したのですが、アニメ本編を観ると一緒に出てきたヤン・ウェンリーのサイン(もちろん私の手になるものではない)と思いのほか字体が似ていたので、驚くと同時に、やはりこのふたりは心の波長がどこか共通していたんだな、と感興深いものがありました。これはある意味、アニメならではの密かな見どころですね。

文字系の作業でこれまでもっとも印象的だったのは、フェザーンの株式市場を流れるドイツ語表示です。ある日唐突にプロダクションI.Gの郡司Pから連絡があり、「フェザーンの株式市場の情景ビジュアルを納得いくものにしたい。同盟株式市場と帝国株式市場のふたつがありチャート・数字が、架空世界とはいえリアリズムを感じさせるものにしたいのだ」とのこと。そこで、いけてる経済ドイッチュな用語や演出アプローチとは何か? について2~3日、集中的に情報提供&意見交換しました。濃ゆい。濃ゆすぎるよ郡司さん!その後はパイロット版動画の確認などエトセトラエトセトラ。で、出来上がったモノを本編で観ると、なんとこれがわずか1.5秒! だがしかしこのこだわりがプロダクションI.Gですよ。I.G作品映像のあの病的ともいえる「至高の色気」はこういうところから生じているのだなーと実感できます。要するに全体がこんな塩梅でこだわり抜かれているわけで、怖いよI.G。だがそれがいい!微力ながらお役に立てればうれしいです。また、自分はどうもこういう系の深掘り作業に向いているのだな、と強く実感させられた瞬間でもあります。郡司Pに限らずI.Gの方々と接すると、理屈を超えた作品愛のパワーが全方位的に押し寄せてくるので、そのへんも大変素晴らしい。

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