ウクライナがナチってどういうことよ?プーチン「乱心」にオタク的歴史論理の限界を見る(マライ・メントライン)

2022.3.9
マライ・メントラインサムネ

日本在住ドイツ人、マライ・メントラインが(信じられないことに!)始まってしまったロシアのウクライナ侵攻を考える。プーチンは「いわゆる『ネットで真実を知った系おじさん』化しているのでは?」疑惑が恐ろしい。

世界を「え?」と驚かせたプーチンの強烈主張

ロシア軍によるウクライナ侵攻は現在(2022/3/6時点)進行中で、やたらな情報が飛び交い、あまり断定的なことを述べるのが憚られる状況です。かといって他の話題に首を突っ込む気にもならないというのが正直なところで、実に困ります。

キューバ危機にも似た、あるいはそれ以上の緊張感が世界を包み、「あの」ドイツすらまさかの対露強硬姿勢を明確にし、軍事・政治だけでなく世界経済にも多大な影響を与えている今回の事態がどういう結末を迎えるのかはわかりません。が、現時点で世界を「え?」と驚かせたプーチンの強烈主張のひとつに、

ウクライナを非ナチ化する

という開戦理由のアピールがあります。
ウクライナがナチってどういうことよ? 今お前のやってる侵略のほうがよっぽどナチくさいじゃないか。そういう無理筋な言いがかりはよくないな。というのがワールドワイドな世論一般の反応で、「プーチンが神経に変調をきたしている説」のひとつの根拠になっていたりします。ともかくこれは、前回記事でも触れたソ連崩壊以来の西側に対するプーチンの怨念ウンヌンという話や、最近言い始めた「ウクライナが大量破壊兵器を密造している」という話からではうまく説明し切れるものではない。

しかもそうこうしているうち、ロシアの報道機関から(という話の背景も気になりますが)ロシア・ベラルーシ・ウクライナ統合による「大ロシア主義」構想がプーチンの信念として拡散され、それがヒトラーの「生存圏構想」といろいろ相似していることでまた炎上して……という、何やら意味的に収拾のつかない状態になってしまいました。

「アゾフ連隊」とは?

戦争の具体的・実際的な動向とは別に、このプーチンの「ナチ認識」の正体は気になります。

ウクライナの民族政策や反ロシア的気風を「ナチ」と糾弾する事例はさておき、歴史・戦史業界の見解として、プーチンが力説するウクライナのナチ的要素とはおそらく、

・戦時中の、ナチス武装親衛隊のウクライナ人師団「ガリツィエン」の存在
・サッカーのサポーター組織から発達した、今も活動中の武装右翼組織「アゾフ連隊」の存在

あたりに由来しているのだろうとされます。戦時中の対ナチ協力についていえば、武装親衛隊にはロシア人師団もあった(しかも2個)ので、そのへん一方的に責め立てるのはどうなんだという気もしますが、たとえばEUへの対決姿勢の高まりと共に近年とみに愛国・反独的な演出を加速させているロシアの第二次世界大戦ドラマ・映画では、ウクライナ人補助兵とかが「卑しいドイツ人のさらに卑しい手下」という感じで描かれていたりしててエグいなぁと思います。プロパガンダ情報戦の一環ですね。

またアゾフ連隊、これはドイツZDFテレビでも取り上げられていたりしています。

German ZDF shows Azov Battalion soldiers with Nazi symbols

右翼団体が武装化しながらある時点から公的な立場を得て、いろいろダーティなヤバい作業を請け負っている感じ。大きな特徴としてZDFの報道映像にもあるように、ナチのシンボル意匠を多用している点が挙げられます。ヘルメットなど個人装備にハーケンクロイツや「SS」ルーン文字が描かれてましたけど、正式エンブレム(Wikipedia「アゾフ大隊」項参照。注*日本語Wikipediaは「アゾフ大隊」表記だが、現状は、大隊から連隊に拡大)にもヴォルフスアンゲル(ナチス武装親衛隊「ダス・ライヒ」装甲師団がマークとして使用した「狼の罠」を意味するルーン文字)とシュヴァルツェ・ゾンネ(ナチス親衛隊長官ハインリヒ・ヒムラーがオカルト趣味で整備したヴェーヴェルスブルク城のホール床に描かれた「暗黒太陽」を意味するルーン文字)が盛られていたりします。そんなわけで明らかにヤバ系な存在であり、あちこちの公安組織から危険団体認定されているのですが、一方でイスラエル国籍のユダヤ人企業家から支援を受けているとか、いろいろと裏社会ジャーニーめいた背景もあるようです。

「ぼくのかんがえたさいきょうの自国史」っぽい

さてポイントは、国際社会、国際世論がこの材料で「オオッ! こりゃー確かにウクライナ側が問題だ! 攻め込まれてもしゃあないわ」となるか否かで、要するに、まったくそうなりませんでした。
で、プーチン的には「なぜだ! これは西側の策略だ! 揉み消しだ! 逆プロパガンダ戦略だ!」という感じで激怒ポイントになるのかもしれませんが、世界人民の多くにとっては「アゾフ連隊が!」「ヴォルフスアンゲルの意匠が!」とイキられても、「はぁ?」としか反応できません。そんなんで意識を揺さぶられるのはかなりのマニアですよ。また、それを踏まえても普通人の感覚からすれば、得体の知れない理屈づけのもと、正規軍で突如大規模侵攻を開始して住宅地や原発施設にいきなり攻撃をかける側のほうが、よっぽど「ナチだろ」と感じられるのが道理です。

なぜこうなるのか。というか、なぜプーチンはああも珍説っぽい見解を強硬に主張したのか。
「大ロシア主義」アピール問題のあたりで「プーチンはいわゆる『ネットで真実を知った系おじさん』化しているのでは?」疑惑が浮上していて、実際、これはけっこうあるかもしれないと感じます。しかも彼の「歴史愛」の内容をいろいろ見るに、ヒトラーと同様、ディテールにこだわるオタク度が高そうなあたりが気になります。あの「大ロシア主義」の話って、ヒトラーの著書と同じく「ぼくのかんがえたさいきょうの自国史」っぽいんですよね。厳選したディテール材料の突破力で全体の道理をひっくり返せる的な思い込みがすごいというか。だから、だからこそ、たとえば例のアゾフ連隊についても「おお、ナチくささ満点の組織が政府から『公的認定』されている! これを討つなら完璧な大義名分になる! 国際社会も納得せざるを得ないであろう!」みたいな思考に行っちゃうんじゃないかと思うのです。なんというか、政略謀略の超エキスパートにしてこの中二病っぽい感性がヤバい。それが世界を危機に晒しているのだから極めてヤバい。

『プーチンの世界』フィオナ・ヒル、クリフォード・G・ガディ 著/濱野大道、千葉敏生 訳/畔蒜泰助 監修/新潮社
『プーチンの世界』フィオナ・ヒル、クリフォード・G・ガディ 著/濱野大道、千葉敏生 訳/畔蒜泰助 監修/新潮社

「土下座してごめんなさい」はまずあり得ない

プーチン氏、専門家の皆様も指摘してますけど、同じ「恐怖をネタに世界を動かす」キャラにしても、昔はこうじゃなかったかもですね。かの小泉悠先生が著書で指摘していた「軍事とエネルギー産業以外に売りとなる新機軸を見つけないと、ロシア、このままではジリ貧でマズい」という国家的ストレスを一身に受けて、早めに暴発したという側面もあるかもしれません。でないと、先述したような中二病志向じみた観念の具現化に走るという展開は難しいと思うので。
そして今回の戦争、果たしてどう決着するのか。プーチンのマチズモ執着的性向からして「土下座してごめんなさい」はまずあり得ない。もしあったらすごい。

『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠/筑摩書房
『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠/筑摩書房

この超権力者の超八方ふさがり感、手塚治虫ワールドならそろそろ火の鳥が出現して「お前は正しいと信じながら、あまりにも極端な行いをやり過ぎました……」とか説教される頃合いでしょうけど、そうなってくれない現実はやはり厳しいです。

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