加速する情報化が記憶をどんどん「大過去」に押しやってしまう!記憶の意味と価値を鮮烈に訴える『ヨコハマ買い出し紀行』再評価

2022.1.11
マライメントラインサムネ

日本在住ドイツ人、マライ・メントラインは、大好きなマンガ『ヨコハマ買い出し紀行』の忘れ去られ感が気になった。なぜだ? 生活がインターネットとなじんで情報流入量が増えつづけた結果、社会的記憶の「過去化」が加速しているのではないか。そして、記憶活動の果てにある「死」のイメージを皮肉にも具現化する作品として『ヨコハマ買い出し紀行』を、さらに『少女終末旅行』『終末ツーリング』を再評価する。

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推しに推したい『ヨコハマ買い出し紀行』

広言していなかったけど別に隠してもいなかった話ですが、私が抜群に好きなマンガに『ヨコハマ買い出し紀行』(芦奈野ひとし)という作品があります。どんな内容かといえば、穏やかに衰退し、滅んでゆく文明の日常を、優しく飄々と描く感じです。

『ヨコハマ買い出し紀行』<1巻>芦奈野ひとし/講談社
『ヨコハマ買い出し紀行』<1巻>芦奈野ひとし/講談社


ジャンルとしては一応社会崩壊ものに位置づけられるようですが、それにしては作中、『北斗の拳』や『ウォーキング・デッド』じみた「戦い」や「人間の本性のエグみ暴露」といった要素がまったくない。かといって明るくポジティブというわけでもなく、人の心の奥底にある何かをひたすら深く丁寧に、磨き上げるように探り、描いてゆく作品です。
個人的に、これぞ「日本ならでは」の終末イマジネーションの輝きとして、推しに推したいと感じます。権力機構がプロデュースするクールジャパン的プロダクトではけっしてたどり着けない、静謐な魂の力と美がここにある。

ちなみに、日本SF界の頂点である星雲賞のコミック部門で受賞(2007年)したこともあってか、割と有名な作品でもありますね。少なくとも、私が日本での定住を開始した2000年代後半にはネット上で言及されることが多かった。ちなみに『ヨコ出し』という略称もあったりしますが、これは微妙に『稲中』っぽくて、使用するのがためらわれる気がしなくもなくてそのへんどうなのか(笑)。

愛と深みと面白味のない見解はお呼びじゃない

……という話を先日、あるWEB企画の会合(参加者の年齢はけっこうバラけていた)で展開したところ、『ヨコ出し』を知っているカメラマン氏から「実は今、同じ路線のこのマンガが人気なんよ」と、『終末ツーリング』(さいとー栄)を紹介されました。
読んでみるとこれが極めて興味深い。作品がおもしろいというだけでなく、作品をめぐる環境や評価の傾向も含めて、です。
『終末ツーリング』は、なんらかの理由で急激に社会崩壊し、ほぼ無人化した関東圏をバイクで探索する話です。女性コンビの廃墟旅という設定は、これまた星雲賞受賞作(2019年)だったりするアートコミック『少女終末旅行』(つくみず)に似ており、また、コントロールを失ったまま稼働する自律兵器からの攻撃を躱さなきゃいけないとか穏やかでない面もあります。が、舞台が関東圏で主人公のひとりがロボットで、「古の」内燃機関へのどうしようもない憧憬で満たされている等、なるほど随所に『ヨコハマ買い出し紀行』へのオマージュ感が窺えます。

『終末ツーリング』<1巻>さいとー栄/KADOKAWA
『終末ツーリング』<1巻>さいとー栄/KADOKAWA

しかし『終末ツーリング』の評価評判、これはAmazonレビューが典型的ですけど、他作品との関連や相似性といえば殆ど『少女終末旅行』への言及に終始しており、『ヨコ出し』の忘れ去られ感がハンパない点が興味深い。あれが80年代や90年代に完結した作品というならまだわかるけど、まがりなりにも2006年まで連載していて、しかも人気作でもあったわけで。うーーーむ。

『少女終末旅行』<1巻>つくみず/新潮社
『少女終末旅行』<1巻>つくみず/新潮社

要するに、経過時間の割に言及比率の落差が激し過ぎる(✴︎個人の感想です)のが気になる。
これはなぜなのか?
ある知人は「『ヨコ出し』は絵柄が90年代だから……」と軽く斬っていましたが、そういう、愛と深みと面白味のない見解はお呼びじゃない
ということでさんざん考えた結果、私はひとつの勝手な仮説に行き当たりました。


「記憶」の意味と価値を鮮烈に訴える

加速する情報化、というか情報あふれ状態化が、人の記憶を過度にどんどん「大過去」に押しやってしまう。それが今回の私の違和感につながっているのではないかな、と。
ハードウェアとしての脳機能にも限界があるわけで、生活のネット化などにより単位時間あたりの情報流入量が増加しつづけると、それに反比例し、過去が「鮮明な記憶」として留まる期間はどんどん短くなってゆく。
20年前の生活感覚では「中過去」ぐらいに見做されたであろう記憶が否応なく「大過去」的なものになり、たとえば『ヨコ出し』について、昔からのマンガ読者的にも「けっして忘れ果てたわけじゃないけど、とっさの連想で引っ張り出せるようなメモリ領域に常駐している情報でもない」的な存在になっていることが多いのでは?と思ったりするのです。

まあ、なんだか寂しいといえば寂しい話だけど、だからといって何かを責めるような気分になるわけでもない、そんな現実解釈です。
ひとつ皮肉だなと思うのが、『ヨコハマ買い出し紀行』も『少女終末旅行』も『終末ツーリング』も、記録ではなく「記憶」の意味と価値を鮮烈に訴えるという点で、深く共通する作品だということ。
 
先述したように私は『ヨコハマ買い出し紀行』が超絶好きなのだけど、もし、敢えてこの3作品を取り上げて優劣をつけろみたく言われたら、断然拒否ります。
アプローチや表現技法は異なれど、この3作品には「ある種の心性を描く志の高さ」という面で同質のものを感じるので。

記憶の果てにある「死」というもの。
気候変動、環境破壊、終わらぬ紛争などなど、人類が摩耗してその長い旅を終えるシナリオを苦もなくいくつも想像できる(あるいは、否応なく想像させられる)状況下、誰もが不可避的に直面する「死」のイメージを静かに具現化する作品は、ある意味、潜在的ニーズが高い気がしますし。

おまけ追記

『ヨコハマ買い出し紀行』と『少女終末旅行』と『終末ツーリング』って、そういえばミリオタ的に刺さる小ネタが見え隠れするという点でも妙に共通するんですよね。
『ヨコハマ買い出し紀行』のアルファさんの正式名称「A7M2」って、あのゼロ戦の後継機「烈風」11型の機体略号だし、
『少女終末旅行』では、チトとユーリの愛車がなんの説明もなくいきなりケッテンクラート✴︎だったし、
『終末ツーリング』は、そもそも第一話で、自動化した自衛隊の16式機動戦闘車とバトってたし。
……だからといって、新しい何かが見えてくるワケでもないんですけど(笑)。

✴︎第二次世界大戦中、ドイツ軍が使用していた小型ハーフトラック


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マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業。ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介されたりするが、自国の身贔屓はしない主義。というか..

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