文芸記者の発言が変「韓国文学の邦訳に、女性作家が多いのはなぜか」なんて男性作家だったら言わなくない?(書評家・豊崎由美)

2021.10.6

韓国の男性作家・パク・ミンギュ作品を紹介

というわけで、今月はこの鼎談を受け、かつ『こびとが打ち上げた小さなボール』の紹介にクソコメをつけてきた嫌韓の輩どもへの嫌がらせの意味も込め、わたしが好きな韓国の男性作家の作品を紹介しようと思います。その名もパク・ミンギュ。
第1回日本翻訳大賞を受賞した短篇集『カステラ』(クレイン)。

『カステラ』パク・ミンギュ 著、ヒョン ジェフン、斎藤真理子 訳/
『カステラ』パク・ミンギュ 著/ヒョン・ジェフン、斎藤真理子 訳

いじめられっ子の男子中学生ふたりが、人類の存亡をかけた卓球試合に挑まなくてはならなくなる『ピンポン』(白水社)。

『ピンポン』パク・ミンギュ 著、斎藤真理子 訳/白水社
『ピンポン』パク・ミンギュ 著/斎藤真理子 訳/白水社

超弱小野球チームを応援することになってしまった少年の成長と挫折と再生の物語によって、1割2分5厘の勝率でも楽しい人生は送れるということ、人が蔑んだりするものにこそ幸福や歓びや真実がひそんでいるということを伝え、競争社会に打ちのめされた人たちを励ましてくれる『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』(晶文社)。

『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』 パク・ミンギュ 著、斎藤真理子 訳/晶文社
『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』 パク・ミンギュ 著/斎藤真理子 訳/晶文社

これまでに翻訳された作品はどれもオススメなのですが、パク・ミンギュのSF的想像力の豊かさ、社会批評眼の確かさ、ストーリーテラーとしての資質の核を存分に味わえるのが、昔懐かしいLPレコード盤を模した『短篇集ダブル』サイドAとサイドBの2冊なんです。インターネット配信時代における音楽のごとく、どの作品から読んでも単独で楽しめると同時に、アーティストが1曲目から最後の曲にいたるまでを意図的に構成した、かつてのレコード時代のように頭から順番に読み進めることで、作者の世界観、人間観がより深く鮮明に理解できるという仕掛けの17篇が収められています。

『短篇集ダブル サイドA』パク・ミンギュ 著、斎藤真理子 訳/筑摩書房
『短篇集ダブル サイドA』パク・ミンギュ 著/斎藤真理子 訳/筑摩書房
『短篇集ダブル サイドB』パク・ミンギュ 著、斎藤真理子 訳/筑摩書房
『短篇集ダブル サイドB』パク・ミンギュ 著/斎藤真理子 訳/筑摩書房

40代独身のまま肝臓ガン末期の宣告を受けた男が、幼なじみらと埋めたタイムカプセルを掘り返し、故郷で旧交を温める「近所」
がむしゃらに働き、引退後は認知症の妻の介護をしている男が、息子と娘に家を売った金を分けた後、妻を連れて最後の贅沢を楽しむ旅に出る「黄色い河に一そうの舟」
ロープがほどけて飛んでいってしまった飛行船を追いかける男ふたりの珍道中「グッバイ・ツェッペリン」
2387年に起きた大地震によって生まれた2万メートル近い海溝に潜るためのプロジェクトを描いた「深」
家族に出て行かれた男が、彗星激突による人類最後の日をなぜか隣人男性とふたり過ごすことになる「最後までこれかよ?」
望楼から出ていけないふたりの男による暗黒版“ゴドーを待ちながら”になっている「羊を創ったあの方が、君を創ったその方か?」
冷凍人間が保存されている施設で働く者たちの、解凍の真意がわかる瞬間が衝撃的な「グッドモーニング、ジョン・ウェイン」
前世でマリリン・モンローだった〈僕〉の奇想天外な半生が物語られる「〈自伝小説〉サッカーも得意です」
こことは異なる、人類がふたつの階級に分けられた地球に生きる若い男女の決死の冒険を描いた「クローマン、ウン」
老人ホームにいる75歳の男性が、痴呆症を患う初恋の人をそこに発見し、生きる気力を取り戻す「昼寝」
人類を平等に憎み、小さな子供まで殺すのを躊躇しないサイコパスに囚われた男の恐怖体験「ルディ」
中の下家庭に生まれ育った幼なじみ4人組の、入隊直前の1日を描いた「ビーチボーイズ」
ある日突然、上空に巨大な謎の物体が浮かぶようになった世界を、勝ち組の青年の視点で綴った「アスピリン」
不況による深刻な営業成績不振に陥った男が、自我を崩壊させていく「ディルドがわが家を守ってくれました」
運転代行を頼んできた酔いつぶれの女が、かつて自分からすべてを奪った相手だと知るタクシー運転手の話「星」
漢江の橋で自殺しようとしている青年を説得する巡査長の内面を、コミカルな筆致で追う「アーチ」
紀元前1万7千年、雪と氷に閉ざされた地で餓死寸前の妻と赤ん坊のために必死で獲物を探す男の話「膝」

読み始めて抱くイメージがじょじょにくつがえされ、やがて意想外の心境に連れ去られる。どの物語もそんな表情豊かな貌をしている上に、リアリズム、SF、ノワール、寓話とさまざまに異なる意匠をまとっている17篇。一見バラバラな印象を抱く構成になっていながら、しかし、根底に流れているのは、この世界からハミ出てしまった、あるいは排除されてしまった人たち、生きているのが苦しい人たちといった、負け組、弱者とされている人間に対する温かな眼差しであり、励ましであり、共感なのです。

冒頭で簡単に紹介した3作も含め、パク・ミンギュは無類にユニークだったり、破天荒だったりする物語に、わたしたちがよく知っている心の機微を通わせ、ただ面白いだけじゃない、読み手の感情を揺さぶる、一度読んだら忘れられない作品を創り上げる作家なのです。

書き手のジェンダーなんてどうでもいい

あー、しかし。そもそもの話、小説に対する評価のありようを、それを生み出した人物が「男性作家」か「女性作家」か「LGBTQ作家」かで変えてしまう読み方自体が、今の時代にあってはしっくりきません。自分にとって面白い小説は単に「面白い小説」なのであり、書き手のジェンダーなんてどうでもいい話です。作家論を書きたいならいざ知らず、娯楽として小説を愉しんでいるわたしたち読者にとっては、性差なんて、作者の国籍や人格なんて、どうでもいい話なのです。

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