ドイツ公共放送の東京五輪中継現場で湧いてきた直観について。別に神秘体験でもなんでもないんだが(マライ・メントライン)

2021.8.9


始まる前に完全に終わってしまった

五輪開催の間、東京は巨大な「祭り」空間となるはずだったのです。

もちろん色々な事件やイザコザ、不祥事はあれど、基本的にみんな「祝祭」ムードに流されて結果まあオッケーになってしまう。シブヤ、ロッポンギ、ハラジュク、シンジュクからあふれた観光客たちが成りゆき的に中央線沿線に押し出され、高円寺あたりの居酒屋で盛り上がり、インスタマジックかなんかで「#KOENJI」が世界的トレンドワードに浮上したり。そう、いまどきマスコミ情報よりも、勢いのあるSNS拡散のほうが実のある集客効果を見込めるというもの。インフルエンサー的な「お客様」を抱き込めばそこはさらにバッチリというか。また、オールドメディアたる各国テレビチームもこぞって「観光半分」で東京紹介をするため、これはこれでタダで宣伝してもらっている感じになります。

それこそ昭和以来のジモピー商店街の風情や接客が妙に好評で、滝川クリステルのアピールと無関係に日本の「おもてなしマインド」の味わいが世界に勝手に拡散されて評判となるいっぽう、IOCを頂点とする拝金主義の問題はなんとなく不問に付され、識者たちからの鋭い告発も圧倒的なポジティブムードにかき消されて……。

だが、そうならなかったのはご存知のとおり。

無人の観客席、厳戒態勢なのに普段通りの空気感な繁華街や、随所にさりげなく満ちる来日観光客向けのインフラ、五輪メディアセンターの「崩壊後の世界」感あふれる空虚な大通路、そしてそこに展示されている荒木飛呂彦の傑作五輪ポスターなどを目にするにつけ、あらためて痛感するのです。「祭り」によって膨大な観光客を、リピーター客を生み、その情報拡散によって世界の人々に「日本に、東京に行ってみたい!」というムードを醸成することが東京五輪の大きな戦略的目標のひとつであり、そしてその意味で「祭り」は、始まる前に完全に終わってしまったことを。

そう、極論すれば、自動的に発生する巨大な観光業的旨みがあったからこそ、日本の権力層は「IOCの国際的な利権コントローラーの靴のウラを舐める」ふるまいに出たともいえるわけで、そのシナリオの成功確率は限りなく高く、ある意味で五輪競技そのものはダシというかオマケといっていい存在だったかもしれない。けど皮肉なことにコロナ禍の影響で、「リアル集客」という肝心な部分だけがダメになってしまったのです。そう、皮肉。本当に皮肉。宗教家ならまさに「神の意志の介在」を感じずにいられないところでしょう。

こうなると、「祭り」ムードの勢いで揉み消されるはずだった五輪の構造的な暗部、特にIOCの五輪貴族を頂点とする利権構造のウハウハ腐敗ぶりや理不尽ぶりが何の煙幕もなくさらけ出され、ひたすら悪目立ちしてしまうのです。そしてこの醜悪な絵を補正できる者は誰も居ない。

妥協と子供だましにも程がある

なんというか東京五輪、開催地に居る人にとっても「テレビで見る外国開催の五輪」とあまり変わらない存在になった感があります。ゆえに妙な熱気と空虚さが混淆していたというか。で、敢えて改めて考えてみたいのが、東京五輪関係のコンテンツに「コロナが落ち着いたら東京へ行ってみたい!」と感じさせる何かがあっただろうか、ということ。

日本人選手の活躍や驚異的な世界新記録、新種目の思わぬ面白さに「日本全体がわりと沸いた」っぽいのは確かだけど、そこで「東京の魅力」は内外にアピールされていたか? といえばかなり厳しい。たぶん開会式の演出はこのへんの真価がさりげなく問われる場面だったのですが、正直いって微妙すぎた。アニメ・ゲーム・マンガの真の効用を知る者から見ると、妥協と子供だましにも程がある。誰が動員したのか、Yahooヘッドライン五輪関係コーナーに「日本スゴイ!おもてなしスゴイ!」的なヨイショ記事が妙に連発されていたけど、日本語で日本人に向けてアピールしてどうすんだ。英語とかで外国に言えよ外国に! と、見ていて切なくなりました。自己肯定感をドーピングありありで生成するとこからやらにゃいかんのか? と。

そこで満足してはいけない

諸外国の「日本に対する興味」というのは、実際、かなりあると思うのです。先述したように今回私は、ドイツ公共テレビの番組に何回か出演して「日本の地元民的に感じる日本のリアル興味深さあれこれ」を伝えたのですが、わりと局上層部の反応も良かったです。「こういう切り口があったのか! 今まで掘り起こせてなかったかも」という感じで、私にとってもいろいろな気付きのきっかけとなりました。

『ZDF Mediathek』より
出演中の筆者『ZDF Mediathek』より

そういうのって、本来はクールジャパン政策とかで戦略的にサポートしておくべき面じゃないかと思うけど、「お上」があまり頼りにならなさそう、ということが図らずも今回あからさまになってしまった以上、日本をベースとする視野の広いクリエイターや情報発信者は、自らいろいろ策を練らねばならないと思うのです。文化戦略としての東京五輪の教訓を踏まえ、今後、どんなシステム・体制で何をどう演出し、日本的コンテンツの価値をアピールすべきか、ということを。

なぜかといえば、東京五輪の成否やコロナ問題の展開はどうあれ、日本は今後、昭和や平成の時代以上に「文化」で上手く商売をしてメシを食っていかねばならないからです。あなたも私も君もボクも!
だから五輪問題にしても、悪を白日の下にさらけ出して糾弾するのは確かに大事だろうけど、それだけでは済まない。そこで満足してはいけない。

私も及ばずながら、話が通じそうな人たちとそのあたりの認識共有や連携を強化し、いろいろ準備しようと考えているところです。それこそが東京五輪がもたらした「とても大きな文化構造的インパクト」であった、というのが総括的な印象です。皆様ともに頑張りましょう。


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マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業。ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介されたりするが、自国の身贔屓はしない主義。というか..

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