不穏さが目立つ大国(中国、ロシア)をネタに活動する研究者、ルポライターが今、アツい(マライ・メントライン)

2021.7.9

SNSが仕事の宣伝中心でない重要性

……てな流れで、バトルロイヤル的な対談会(小泉悠×安田峰俊×マライ・メントライン×神島大輔「ロシア! ドイツ! チャイナ! オール大国大進撃」)をやってきました。中国×ロシア×ドイツ! アメリカ要素抜きでこれは盛り上がる展開しかあり得ない! 実際、期待以上のおもしろさで「このメンツでまたやるしかない」という話になったわけですが、個人的には、彼らが醸成する知的オモシロ要素の本質がなんなのかということについて、知見をいろいろ得られたのが収穫でした。

まず、安田峰俊さんにしても小泉悠さんにしても、ツイッターの国際・政治文化系インフルエンサーとして著名です。なぜ著名なのかといえば、見解の上質さ+文章のキャラ立ちっぷりが際立っているからですね。そしておそらく重要なのが、

・SNSが仕事の宣伝中心でない
・実物本人がSNSで窺えるキャラクターそのもの

という特徴。平たくいえば彼らは、おもしろいフィクション作品に登場する、物知り系の主要キャラクターそのまんま的な存在なのですよ。しかもSNSを開けばいつでもその活動を現在進行形で目の当たりにできる。そう、「書く」側にいながら同時に「書かれる」側っぽい属性を有し、しかも作家の手になる被造物でもない、というメタフィクション的なおもしろさがここにある。

だからこそ明確に言えてしまうんです。彼らや彼らの発信情報には、単に業界文脈的に「よくできた」フィクション作品を呑み込みかねないおもしろさがあるのだ、と。

YouTuberとかもそうですけど、こういう表現者が自らの個性を無理に作ったり盛ったりしていると、長つづきしません。露骨につまらなくなります。天然ものこそ強い。そのあたりが才能や適性の重要な分かれ目でしょうね。
また、彼らが持つような表現文脈は、ネット時代だからこそ市場に認識されるようになったという気がしなくもない。いずれにせよ、昔ながらの販路に原稿を送り込むだけで仕事を完結させるタイプの書き手にとっては不利な状況と申せましょう。

マスコミやネットにあふれる中国観の蒸し返しはつまらない

ここで、先述の対談会でテーマになった安田さんと小泉さんの著書の紹介をします。頼まれたわけではなく勝手にやるので、いかにもステマっぽく見えるけどステマではありません(笑)。

『中国vs.世界 呑まれる国、抗う国』安田峰俊/PHP研究所
『中国vs.世界 呑まれる国、抗う国』安田峰俊/PHP研究所

まず前書きのツカミっぷりが見事です。既存のありがちな中国インプレッション文脈すべての上に立ちながら、「マスコミやネットにあふれる中国観の蒸し返しはつまらない。むしろ小国・マイナー国と中国の付き合い方の知られざる実相を観察してこそ、中国の思考というものが端的に浮き彫りになっておもしろい。もう好きとか嫌いとか言ってる場合じゃないわけで(大意)」ということが述べられており、実際そのとおりの内容です。

読むと中国の戦略観というか、物事の「蓋然性」についての認識にいろいろ驚かされます。ここでおもしろ味を感じるか嫌悪を感じるかで、また何かが分かれるんでしょうね。

超巨匠アーサー・C・クラークの『2010年宇宙の旅』作中の映画化されなかったエピソードで、木星探査計画を熱心に進める米ソ(そう、この小説ではロシアじゃなくソ連なんです)の一方で中国は出遅れまくりと思いきや、いきなり軌道宇宙ステーションを巨大遠征船に仕立てて発進! 米ソ関係者の度肝を抜く、というのがありましたけど、要するにああいう感覚です。クラーク先生の知性と洞察力はやはり偉大だったんだなぁ。

ロシア人の優先順位ってなんなの?

『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠/筑摩書房
『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠/筑摩書房

小泉悠さんといえば、第164回芥川賞候補徹底討論にて異色の軍事小説『小隊』(砂川文次)の専門家インプレをお願いしたところ、長かったけど、かの文芸マイスター・杉江松恋さんをして「これは全文引用したい!」と言わしめたエピソードが思い出されます。いかにも軍事オンリーと見せておきながらその実、全方位的な知力で勝負する人物なので、このおいしさを見逃してはなりません。

本書は最近よく話題にのぼるロシアの「あらゆるものを武器として敵を戦略的に貶める」ハイブリッド戦争なるものの実相をロシア視点から分析した書物です。ロシア視点といってもロシア贔屓とかではなく、ロシア人の思考と台所事情から見て実際はこんな文脈なのだろうなぁ、というプロファイリング分析の書であり、その面で大変おもしろい。

本書の基本見解は、「ロシアの戦略戦術思考はあくまで在来型の軍隊運用をベースとしており、いわゆるハイブリッド戦争的な要素は補助手段、さらには苦肉の策という面が大きい」という一見地味なものですが、人間行動の道理を突き詰めるとそうなるよねという論理的説得力に満ちておりナイスです。

で、たぶんそれと関係するのだろうけど、類書でスルーされがちな「同じことを西欧の人がやるのとは何故か違うプロセス・結果になってしまう」比較文化的なツボも押さえてあるのが見事。プーチンも出席する重要な外交ミーティングで、絶対に居てはいけないオヤジがあり得ない名目でそこに居てしまう。なぜ気にしないのか? ロシア人の優先順位ってなんなの?とか。そういう目のつけどころって、論理的な蓋然性と並行して何気に重要だと思うのです。

第165回芥川賞・直木賞全候補作徹底討論に向かいます!

……といった知的体験に身を浸してから、私は、杉江松恋さんとの第165回芥川賞・直木賞全候補作徹底討論に向かうのです(対談記事は、7月14日、本家選考日の朝アップ予定)。
私にとって、知的感興という面で上記のようなノンフィクションとフィクションは完全に等価な存在。評価はわりと同一平面上で行います。総合格闘技のリングみたいな感じですね。そして、直木賞の候補作には国際謀略アクションっぽい作品が何故か1作は上がってくる。
今回やってくる「それ」は、果たしてどれほどの戦いぶりを見せてくれるのか?
楽しみです。

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