権力作家、ドル箱作家、面倒臭い作家の批判はしない、させない。それが出版界の暗黙の圧力と忖度です

2021.6.6
豊崎由美サムネ

文=豊崎由美 編集=アライユキコ


第30回日本映画批評家大賞で『私をくいとめて』でのんが主演女優賞を、大九明子が監督賞を受賞した。その授賞式における出来事から、書評家・豊崎由美が嘆くのは「強者への忖度」の問題。出版界でも、暗黙の圧力と忖度の存在が、久しく書評から力を奪っているから。そこで手に取ったのが『クラシック「酷評」事典』(ニコラス・スロニムスキー編)。今では名曲とされている楽曲が発表時にはこんな酷評も受けていたのかと驚きながら、忖度のない「酷評」の意義を考える。


主演男優賞にしか言及しない不自然

5月31日、日本映画批評家大賞の授賞式があり、のん(能年玲奈)さんが主演女優賞を受賞しました。ところが、「“フジテレビ視点”のエンタメ情報をお届け」すると謳っているアカウント「フジテレビュー!!」は、主演男優賞の結果はツイートしておきながら、主演女優賞については触れなかったんです。主演女優賞といえば主演男優賞と並んで映画賞の華であり、しかものんさんが受賞した作品『私をくいとめて』は大九明子さんが監督賞も受賞しているのですから、この主演男優賞にしか言及しないツイートは大変バランスを欠いており、なので、わたしは「なぜ、主演女優賞をスルーするんですか?」と疑問を投げかけたのでした。

質問には答えていただけなかったのですが、胡散臭いと思ったのはわたしだけではなく、凄まじい数の異論が寄せられたためでしょうか、ほぼ24時間後、『フジテレビュー!!』は取ってつけたように主演女優賞についてもツイートしたのです。

ざまみろ圧力忖度人間

皆さんもご存じのとおり、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』のヒロイン・天野アキ役でブレイクしたのんさんは、2015年に所属先のレプロエンタテインメントと揉めに揉め、すったもんだの末ようやく契約終了にまでこぎつけたのですが、その際「能年玲奈」という本名をレプロによって略奪されました。レプロのバックにあるのは業界最大手事務所バーニングです。なので、のんさんはその後、“制裁“というかたちでテレビや映画から干されることになり、雑誌でもほとんど姿を見ることができなくなりました。

もちろん、レプロは「自分たちは局に圧力なんてかけてない」と言い張るでしょう。しかし、ジャニーズを退所した元アイドルたちの例を見てもわかるように、大手芸能事務所を自分の都合で退所したタレントには暗黙の制裁が下されるんです。この“暗黙”のうちにはテレビ局やメディアによる強者に対する「忖度」も含まれます。

「みなまで言わせるな」「言わなくてもわかるでしょ?」。日本にはもともとそういう精神土壌はあったわけですが、喜ばしいことにネットやSNSの発展によって、徐々に強者による暗黙の圧力やメディアによる強者に対する暗黙の忖度は暗闇の中から引きずり出され、陽の光の下醜い姿を露わにされるようになってきています。

皆さんもご存じのとおり、のんさんはそんな制裁をものともせず、自分の事務所を作り、テレビ局やメディアの力に頼ることなく、独自の活動によって音楽や声優、俳優、ファッション、創作に邁進し、自分にとって気持ちのいい居場所を作ることに成功しました。ざまみろレプロ、ざまみろ圧力忖度人間、です。

映画『私をくいとめて』のんインタビュー(写真=時永大吾)

批判ってほんとにそんなにいけないこと?


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豊崎由美

(とよざき・ゆみ) ライター、書評家。『週刊新潮』『中日(東京)新聞』『DIME』などで書評を多数掲載。主な著書に『勝てる読書』(河出書房新社)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『ガタスタ屋の矜持 場外乱闘篇』(本の雑誌社)、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ&『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』..

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