「女だから味わわされた屈辱や怒りや恐怖」を思い出させてくれる藤野可織と『消失の惑星』

2021.3.6
豊崎由美サムネ

文=豊崎由美 編集=アライユキコ


東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(現在は辞任)の発言「組織委員会に女性は7人くらいか。7人くらいおりますが、皆さん、わきまえておられて」が批判を浴びた。「わきまえる」ことを是とする感覚への不信、怒り。作家の藤野可織が『朝日新聞デジタル』に寄せたエッセイに感銘を受けた書評家・豊崎由美は、さらに、小説『消失の惑星』に描かれた遠い異国の「女性の怒り」の本質が、現代ニッポンのそれに重なることに打たれる。

「あの日、私はわきまえた女だった」
(藤野可織『朝日新聞デジタル』2021年2月24日)

私はずっと怒っている

『朝日新聞デジタル』は有料サイトなので全文読めない人がいるかと思うんですが、ここに掲載された小説家・藤野可織さんのエッセイが素晴らしいんです。
ある日、乗り込んだタクシーの運転手から言われたひと言。

〈しかし最近何かというたらすぐセクハラ、セクハラですなあ。〉

前職で一緒だった女の子たちからもそう言われるけど、そんなこといったら何も言えなくなるから、自分はこれまでどおり「言いたいことは全部言うてまっせ」と朗らかに語りかける運転手に、藤野さんは頭の中でたくさんの反論を思い浮かべたものの、結局何も言い返せなかったというのです。密室である車内で体格のいい男性とふたりきり。その状況から引き出されるネガティブな想像が自分を「わきまえた女」にしたと、藤野さんは回想します。

それはとてもささいな出来事かもしれないけれど、〈私はずっと怒っている。何も言えなかった自分に対して憤怒している。〉〈恐怖も忘れていない。(略)私は恐怖でかんたんに黙ってしまう人間だという事実が私を蝕(むしば)んでいる。〉と。

そして、エッセイをこのような至言で結んでいるんです。

〈わきまえるとはそういうことだ。恐怖による沈黙と、長く続く自傷めいた怒り。誰かに対しわきまえよと求めそのとおりになったとき、それはただただ恐怖の作用なのだ。〉

藤野さんのこの文章を読んで「わからない」という女性はひとりもおりますまい。同じような体験をしたことがないという女性はひとりもおりますまい。

というわけで、今回紹介したい小説はジュリア・フィリップスの『消失の惑星(ほし)』(早川書房)になります。ここに登場する大勢の女性もまた、藤野さんのエッセイと同じように、わたしの過去における「女だから味わわされた屈辱や怒りや恐怖」を思い出させてくれるからです。

『消失の惑星』ジュリア・フィリップス 著、井上里 訳 /早川書房
『消失の惑星』ジュリア・フィリップス 著/井上里 訳/早川書房

「犯人は誰なのか」な話ではない

この記事の画像(全2枚)


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

豊崎サムネ

能力を超えた職務を与えられた愚者を哀れむ。森喜朗さんは『あとは野となれ大和撫子』を読んで、女性の能力を知りなさい

豊崎サムネ

尾崎世界観「母影」におじさん臭だと?芥川賞講評をメッタ斬り!「推し、燃ゆ」受賞は素晴らしかったけどね

松本人志「俺はごめん、払いたくはない」発言、杉田水脈ツイートを「脂肪の塊」で考える

『関西コント保安協会』

『キングオブコント』王者・ロングコートダディらのコントをともに作るプロたちの仕事【『関西コント保安協会』裏側レポート】

久保田未夢&指出毬亜が語る、果林とエマの“言わずに伝わる”関係性「自分にないものを持っているからこそ、惹かれ合う」【『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』特集】

「明るさで元気をくれる人」と「一番近しい“あなた”」。矢野妃菜喜&村上奈津実が考える、侑と愛がお互いに差し向けるまなざし【『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』特集】

『Quick Japan』vol.180

粗品が「今おもろいことのすべて」を語る『Quick Japan』vol.180表紙ビジュアル解禁!50Pの徹底特集

STARGLOWが『Quick Japan』表紙&50ページ超え総力特集に登場!ミニカード付きセットも限定販売

STARGLOWが『Quick Japan』表紙&50ページ超え総力特集に登場!ミニカード付きセットも限定販売