『たった一人のオリンピック』(山際淳司/角川新書)

スポーツノンフィクションの草分け、山際淳司が残した作品の中から、“オリンピックと縁のなかった選手たち”のエピソードを中心にまとめた一冊。本来なら東京オリンピックが開催されたはずの昨夏に発売された。
その表題作である「たった一人のオリンピック」は、モスクワオリンピックのボート代表に選ばれながら、日本のボイコットによって大会参加ができなかった津田真男を主人公とした物語だ。山際淳司の代表作『スローカーブを、もう一球』にも収録されているエピソードなので、一度は読んだ人も多いかもしれない。

そんな男のエピソードも、オリンピックが再び幻になるかもしれない今の状況で読むと、また味わいが変わってくる。
モスクワの悲劇のアスリート、といえば、柔道の山下泰裕やレスリングの高田裕司、マラソンの瀬古利彦など、金メダル有力といわれたトップアスリートたちのエピソードが中心になりがちだ。そんななか本書では、マイナー競技といっても差し支えないボート代表の津田にスポットを当てる。津田自身、「ボートならばオリンピックに出られるかもしれない」と、まさに思いつきで23歳にして競技を始めた、アスリートの中でも異端中の異端であるのが引き込まれるポイントだ。
だが、その思いつきからわずか5年、まったくの素人だった大学生はアルバイトで生活をしのぎながらボートだけに明け暮れ、本当にオリンピック代表の座を掴み取ってしまう。今なら『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日)で取り上げられること間違いなしの人物だ。
「たった一人のオリンピック」は、津田がモスクワショック後、ボートを辞めた記述で終わる。だが、彼はボートの世界から離れたわけではなかった。本書の別なエピソードで、そのつづきの物語が明かされる。1984年のロザンゼルス大会出場を目指す愛弟子の存在ができたのだ。奇しくもその愛弟子は、山際が書いた「たった一人のオリンピック」を読んで衝撃を覚え、津田の元に押しかけた人物だった。
今後、東京オリンピックの開催可否をめぐって、さまざまなアスリートの声を聞く機会が増えていくはず。その際、トップアスリートや人気競技の選手だけでなく、オリンピックの舞台だけが陽の目を見る千載一遇のチャンスという選手たちの声にも耳を傾けていきたい。そう思わせてくれるのが本書『たった一人のオリンピック』だ。彼らの物語は津田真男同様、オリンピックが終わったからといって、終わるわけではないのだ。
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