三島由紀夫、ゲルニカ、欅坂46…呪われた2020年、空転と呪縛を解くノンフィクション&ドキュメンタリー8選

2020.12.8

『ゲルニカ』作・長田育恵、演出・栗山民也(パルコ企画・製作/2020年公演)

『ゲルニカ』パンフレット
『ゲルニカ』パンフレット

本作は演劇、しかもフィクションだが、極めてジャーナリスティックな視点を感じたので選んだ。本作の舞台は、タイトルのとおりスペイン北部・バスク地方の小都市ゲルニカ。この町がスペイン内戦中の1937年4月、ナチスドイツ軍の空襲により壊滅的な被害を受けたことは、ピカソの同名の絵画を通じてよく知られる。

物語は1936年7月、上白石萌歌演じる旧領主の娘が婚礼を挙げる日の朝から始まる。その日、将軍フランコの軍が共和国政府に反旗を翻し、スペイン領モロッコでクーデターを決起したと伝えられた。彼女の許嫁も戦地に赴くことになり、婚礼は中止される。やがてクーデターは内戦へと発展し、ゲルニカの人々も否応なしに巻き込まれていった。立場の違いから分断や対立も生じる。特に悲惨だったのは、バスク民族党の青年たちだ。バスク人は、内戦中に共和国政府より自治が認められた。それまで虐げられてきた彼らだが、ほかの地域から大勢の難民がゲルニカに流れ込んでくると、逆に排除に及ぶ。物語の終盤では、民族党員のパン屋の男が、それまで猫好きな好青年だったのに、一転して難民の殺害に及ぶのがショッキングだった。このほかにも、さまざまな立場の人物を丁寧に描きながら、分断や排除といった現在にも通じるテーマを一篇の物語に盛り込んだ長田育恵という劇作家の手腕は見事というしかない。

スペイン内戦の取材のためゲルニカに辿り着いた男女の外国人記者の言動も、ジャーナリズムのあり方を考える上で興味深かった。劇中、勝地涼演じる男性特派員が、戦場で起こった出来事をまるで小説のように脚色して書いた記事に対し、早霧せいな演じる女性記者はあくまで事実をそのまま伝えるべきだと反論する。この議論は、前出の『現代日本を読む』のくだりで取り上げたノンフィクションの文章表現をめぐる問題ともまさに通じる。

『医療者が語る答えなき世界──「いのちの守り人」の人類学』磯野真穂(ちくま新書/2017年)

『医療者が語る答えなき世界──「いのちの守り人」の人類学』磯野真穂/ちくま新書
『医療者が語る答えなき世界──「いのちの守り人」の人類学』磯野真穂/ちくま新書

「医療現場をフィールドのひとつとする文化人類学者」だという著者に興味を覚えて手に取った。文化人類学というと、「未開」の地域に住む人々を調査対象とするイメージをつい抱いてしまう(ちなみに文化人類学者の間では「未開の人」などといった言葉は安易に使われないという)。それだけに、最新の技術がそろい、専門知識を有する人たちが働く医療現場が、文化人類学のフィールドになるとは意外だった。

文化人類学の視点をもってすれば、手術の風景も違って見えてくる。たとえば、ドラマなどでは、執刀医役が両手を胸の前に掲げながら手術に臨むシーンがよく出てくる。あのポーズは現実にも執刀医が取るのだが、そこにはれっきとした意味があるという。本書ではそこから、手術の現場に呪術的な慣習が採用されていることが明らかにされる。

ちなみに私がこの本を読んだのは、コロナ感染もまださほど拡大していなかったころである。まさかその後、本書の冒頭での《医療者をひととして見てみよう》という著者の呼びかけが、これほど重く感じられる日が来ようとは思いもしなかった。

『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』加藤文元(KADOKAWA/2019年)

『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』加藤文元/KADOKAWA
『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』加藤文元/KADOKAWA

コロナ感染者の急増を受け、政府が都市部を中心に緊急事態宣言を発出しようとしていた今年4月、数学者で京都大学教授の望月新一による「宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論」が、異例の7年半にも及ぶ検証の末、専門誌にアクセプト(受理)されたと伝えられた。

IUT理論といっても、数学に日常的に縁のない人間にはなんのこっちゃだが、これを一般向けにわかりやすく解説したのが本書だ。著者の加藤は、望月とは20年来の友人で、理論構築の際には定期的にセミナーを行っていた協力者でもある。

本書では、なるべく数式は使わずに、相当噛み砕いて書かれており、IUT理論がどんなイメージを持つものなのか素人にもじゅうぶんに理解できる。数学に普段なじみのない人にもこれだけわかりやすく解説できる人物がいることは、読者だけでなく望月教授にとっても幸せなことではないだろうか。

本書ではまた、数学者の研究はなんの役に立つのかという疑問に対しても、明確な答えが用意されていた。曰く《これほど価値が多様化し、数学の「使われ方」も多様化してしまった現代にあっては、もはやどんな数学でも、それが「役に立つ」のは当たり前だとしか言いようがないし、それを疑うのはもはや無意味になってきている》。その例として、ICカードに応用されている「楕円曲線」などが挙げられる。IUT理論もまた、将来なんらかの応用に供されることもじゅうぶんにあり得るし、それはさほど遠い未来のことではないかもしれない、と加藤は期待を持たせる。

『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』監督・高橋栄樹(『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』製作委員会/2020年)

『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』DVD/東宝
『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』DVD/東宝

女性アイドルグループ・欅坂46(現・櫻坂46)が結成されてからの5年間を追ったドキュメンタリー映画。これまでの活動の記録映像と、メンバーが現時点から振り返るインタビュー映像で構成されている。ただ、絶対的センターと呼ばれながら今年1月に脱退した平手友梨奈はインタビューには応じていない。それにもかかわらず、ほかのメンバーの証言や当人の過去のパフォーマンス映像を通して、平手の存在感に圧倒されてしまうから不思議だ。

この映画ではまた、欅坂の活動の背景として、彼女たちのホームグラウンドである渋谷という街の変化も記録されている。そこでふと思ったのだが、本作の手法を、来夏に延期された東京オリンピックの記録映画(監督には河瀬直美が決まっている)にも採り入れられないだろうか。もはや多くの人が思っているように、来年大会が開催される保証はどこにもない。それでも記録映画だけはたとえ大会が中止されても制作してほしい。そして選手や大会関係者の証言、また五輪に向けて新たに生まれ変わった東京の風景などを通して、いわば「不在」のオリンピックを描き出すのだ。作り方次第では、五輪の存在意義がかえって見直されると思うのだが。

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