バカ強いホークスに負けない!<2020年最強文芸ベストテン>読んだ本の中から強いスタメンを組んでみた

2020.12.6

ピッチャー『おおきな森』古川日出男

『おおきな森』古川日出男/講談社
『おおきな森』古川日出男/講談社

まずは、登板間隔に間が空くのも仕方ないと思えるほど、発表する作品の多くがメガトン級の超大作である古川日出男渾身の一球『おおきな森』を。
『銀河鉄道の夜』を彷彿とさせる列車に乗り合わせた、丸消須ガルシャと防留減須ホルヘー、振男・猿=コルタ。コールガール失踪事件を調査するため、東北からの出稼ぎ者たちの集住地へ潜入する探偵の坂口安吾。現代の日本で「消滅する海」という手記を書いている小説家の〈私〉。全893ページにもなる小説なので、この欄で詳しいあらすじを紹介するのは無理なのですが、日本の東北/中国の東北、満州/満洲、北半球/南半球、海/森、今/いつか。さまざまな境界が接し、交わりもすれば反発もする時空的に壮大な物語の中に、作者が愛するラテンアメリカなどの文学作品がリミックスされて響き渡る、語り的にも構造的にもポリフォニックな力作なのです。そんな複雑な物語を通して古川日出男が蘇らせそうとしているのは、戦争や災害や迫害によって奪われた命たち。ここ数年のきな臭い政治情勢や、ヘイトが横行する狭量かつ醜悪な世相にも斬り込んでいく『おおきな森』は、まさに2020年における日本文学界のエースと確信します。

1番セカンド『ピエタとトランジ』藤野可織

『ピエタとトランジ』藤野可織/講談社
『ピエタとトランジ』藤野可織/講談社

出塁すれば常に2塁を狙ってやまない猪突猛進にしてテクニシャンの俊足、周東選手に匹敵する作品が藤野可織の『ピエタとトランジ 完全版』です。
特異体質のせいで、自分が行く先々で自殺や他殺、事故による死体が積み上がっていくことに倦んでいるトランジ。転校を繰り返し友達も作らない彼女に、能天気に近づいていくピエタ。しかし、実際にピエタの彼氏の家にトランジを連れていくと案の定——。事件の真相を、天才級の頭脳で見破るトランジ。そんな彼女に魅せられていくピエタ。短篇集『おはなしして子ちゃん』に収録されたこの女子高生バディ小説に歓声を送った読者の要望に応えるかたちで、ついに今年出たのが「完全版」なんです。
その後も軽やかにスピーディに、怪事件を解決していくことになるふたりだったのですが、しかし、ある人物の言動がきっかけで離ればなれに。ホークスの快速男児・周東が2塁上で立ち尽くすしかないような試合展開のごとく停滞した10年の歳月を経たのち、しかし、ふたりの人生はまた重なり、ピエタは医師としてのキャリアと夫を捨てて、世界を転々とするトランジの探偵稼業に同行することになります。
トランジの特異体質が他者にも伝染していくことで殺人事件が頻発し、人口が減少していく一方の世界を背景に描かれていく、最強のバディが80歳を超えるまで冒険をやめない姿。それが、いい! 全12話からなる連作の中、最初と最後に交わされる「死ねよ」「お前が死ねよ」という言葉に胸がぐっと詰まる、読めば元気と勇気がもらえる「完全版」なのです。

2番ショート『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ

『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ、岸本佐知子訳/河出書房新社
『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ、岸本佐知子訳/河出書房新社

今も昔も2番に据わるのは選球眼がよく、バントを失敗せず、バスターやヒットエンドランもこなせる技巧派です。その意味で選んだ短篇集がジョージ・ソーンダーズの『十二月の十日』。
はたから見たら負け組とされるキャラクターを悲哀と笑いのうちに立ち上げ、短い話なのにいつまでも物語世界の中から出て行けない感覚をもたらす術に長けたソーンダーズという作家の魅力と技巧の数々を堪能できる短篇集です。
中でも素晴らしいのが「センプリカ・ガール日記」で、主人公は妻と3人の子供たちを愛するよき父親。物語は、その彼がつけている日記の形式で進んでいきます。子供に誕生日のプレゼントさえ買ってやれない苦しい生活が描かれている前半から一転、スクラッチくじで1万ドルをゲット! ところが、幸福は長くはつづきません。その理由は、作中に〈SG〉という表記で出てくるセンプリカ・ガール。これが一体なんのことかわかる瞬間ときたらっ!
怖気をふるう結末が特徴的な「センプリカ・ガール日記」と好対照の読み心地をくれるのが、最後に置かれた表題作「十二月の十日」です。脳内で勇者の自分を構築して、いじめられっ子である現実を忘れようとする少年と、重篤な病で死にかけている男。このふたりの人生が、12月10日の凍った湖で思いやりと勇気によって交わる様を描き、〈何度でも誰かに受け入れなおしてもらう感じ、誰かの自分への愛情がどこまでも広がって、自分の中に新たに見つかったどんなダメな部分もみんな包みこんでくれるあの感じ〉を読者の胸に刻み込んでくれるポジティブな逸品なんです。
笑いと悲哀、絶望と希望、苦難と救い。その間で常に揺れ動く、わたしたちの生の諸相を描いた10作品がここにあります。

3番レフト『ホテル・アルカディア』石川宗生

『ホテル・アルカディア』石川宗生/集英社
『ホテル・アルカディア』石川宗生/集英社

ギータ(柳田)くらいの実力とルックスのよさを兼ね備えたイケメン小説が『ホテル・アルカディア』です。作者の石川宗生といえば、2018年に出たデビュー短篇集『半分世界』で業界を騒然とさせた驚異の新人。
豊富な知識をもとにした思考実験がユニークなだけでもすごいのに、ワンアイデアに溺れない豊かな語り口に驚嘆必至。筒井康隆作品やラテンアメリカ文学を彷彿させる筆致は、文学の技巧を凝らしてテクニカルであるにもかかわらず難解さとは無縁で、むしろ笑いや物思いを引き出してくれるという、共感性に満ちた筆致も素晴らしい一冊だったのです。その待望の新作長篇が、わたしがギータ級の魅力を備えていると信じる本作なんです。
ホテル〈アルカディア〉支配人のひとり娘プルデンシアが、コテージに閉じこもって出てこなくなったのが、事の発端。ホテルに滞在していた7人のアーティストが、プルデンシアに関心を抱き、各々が彼女をモチーフにした作品を制作するようになります。やがて、天岩戸に隠れた天照大神を外に誘い出そうとした八百万神のごとく、プルデンシアがこもっているコテージのそばで物語を朗読し始める7人。
と、ここからは「愛のアトラス」「性(さが)のアトラス」「死生のアトラス」「文化のアトラス」「都市のアトラス」「時のアトラス」「世界のアトラス」という章題のもと、たくさんの不可思議な物語が、読者を待ち構えています。一見関係のなさそうな物語が、モチーフや人物名で関連づけられていたり、入れ子の構造を呈していたりと、注意深く読んでいくとつながりを見つけることができるはず。さまざまなジャンルの芸術作品が元ネタとして仕込まれているので、そのモチーフ探しをしながら読むのが楽しくて仕方ない作品です。

4番ファースト『友だち』シーグリッド・ヌーネス

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