なぜ女将が勝手に面接をしたのか
犬を抱いた女性は置屋の“お母さん”。置屋っていうのは、芸者さんの母屋みたいなもので、街にいくつもあります。それぞれの置屋を運営&経営しているのはそこの“お母さん”であり、募集を出したのも“お母さん”でした。
だから本当は、私を面接するのは“お母さん”のはずだったんですね。なのにその日、“お母さん”が料亭Xの別部屋で三味線を弾いていた、その間にXの女将さんが勝手に面接してOKを出しちゃったと。
プリプリの理由は、「なんで女将さんが勝手に合格を出しちゃうのよ。うちで面倒見る子なのに」。いや、そりゃそうですよね。
とはいえ、“お母さん”にも強く言えない事情があります。置屋で準備して送り出された芸者さんたちがお仕事をする場所は料亭。この料亭もいくつもあって、それぞれ女将さんがいるわけですが、女将さんに気に入られないと料亭に呼んでもらえない。置屋で待っていてもお呼びがかからない、いわゆる「お茶を挽(ひ)く」状態が“お母さん“にとって一番困ります。
だから女将さんから合格をもらえたことは結果オーライ、とも言えるわけです。
どうせ文句言えぬだろう、そういうことも全部わかった上で、強引に合格出しちゃう女将さん。……百合子っぽい。
首席卒業はさすがに吹かし……ですよね(小声)
しかし私がここで本当に書きたいのは、誰か特定の個人が百合子に似ていたという話ではないのです。あの花街の独特の、虚実ないまぜの雰囲気自体が小池さんっぽく、あの花街の中で権力者であった女将さんの存在が百合子の存在と被る。みんな怖れつつ従っちゃう感じに既視感がある……。
爆売れ中の『女帝』を読むと、おいおい都知事マジか……みたいなエピソードが頻出します。一方的な取材だったかもしれないということを差し引いても、カイロ大学を主席卒業したというのはさすがに吹かし……と思わずにはいられません(小声)。サッチーの学歴詐称と同じかそれ以上に黒寄りのグレー。
でも、彼女の支持者の多くにとっては、そこが嘘かどうかっていうのはどうでもいいことなんだろうなあと思います。誠実かどうかよりも、場を制する人に「力」を感じて票を入れる、という。
お座敷でお客さんからチップがあったとき、それを受け取った女将さんが裏で分けて包みに入れ、座っているお姉さん(芸者さん)たちの着物の襟にうしろからスッと差し込む、というのがしきたりでした。そうしてもらったら、女将さんのほうに正座し直して、「ありがとうございました」って言う。
ああいうのは一種の演出っぽいなと思うことがありました。
西のほうから来たお客さんについて女将さんがしんみりと「この人は若いころに本当にモテてね。あっちではこの人に恋わずらって死んじゃった芸妓もいるのよ」と話す。酔いの中で語られるそういう話がどこまで本当なのか、誰にもわかりません。
自分も昔は芸者のひとりだった女将さんが「昔は、道で向こうからライバルの芸者が歩いてくると、すれ違いざまにお互い『ふんっ』て思いっきりそっぽを向いてね。ああいうのは今はやらないわね」と語っていたのを覚えています。
本当に芸者さん同士でバチバチやってるっていうより(バチバチやってることもあるのだが)、それを見て楽しむ人がいるからやる、虚構っぽい世界。あの街にいる人はみんなどこか、どこまで演じているのか本人でもわからないようなところがあったように思います。
そういう世界が怖いか怖くないかで言えば……怖くないわけがない。しかしまたおもしろいか、おもしろくないかで言えば……おもしろくないわけがない。
小池都知事について語りたくなる、そのゆえんは怖いもの見たさではないでしょうか。
男の金で作られた女の街
花街は女の街と言われます。料亭の厨房で働いている料理人など、男性も少数いるけれど、ほとんどが女性。「一言(いちげん)お断りなのは、女の街の自衛手段」と聞くこともありました。
それでは女が強いのかというと、私は考え込んでしまいます。確かに、働いている女性たちは女将さんから美容室のお姉さんまで、みんな強く個性的に見えました。その中でも女将さんは絶対的存在で、「たかが芸者が」と言ったりする口の悪いお客さんでも、間違っても女将さんの機嫌を損ねるようなことは言わなかった。
だけど、じゃあこの街がなんで成り立ってるかと言えば、男の金。どんなに年長の女性でも、“旦那”がいました。結婚相手という意味ではありません。
男の金で作られた女の街。そこで繰り広げられる、駆け引きのための駆け引き。もしも一歩でもその外に出たときに、絶対的だった女将さんのパワーはどこまで通用するのでしょうか。時々、そんなことを思います。
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