ニクソンを意識したトランプは『ブレージングサドル』を観ているのか?
しかし、驚くべきは、6月1日にトランプが見せたパフォーマンスである。彼は、ホワイトハウスのそばのセント・ジョンズ教会前のデモを警官隊と秘密警察(制服に着けるべきバッジも表示もない謎の1隊)に排除させたあと、官邸の庭伝いで教会前に姿を現し、聖書を高々と掲げたのである。私は、この映像を観て吹き出してしまった。
理由は、キリスト教徒として敬虔とは言い難い彼が信仰を盾にしてデモ隊に「反省」を求めたことではない。そうではなくて、私はある映画のワンシーンを思い浮かべたからである。それは、メル・ブルックス『ブレージングサドル』(1974年)のワンシーンである。もし、トランプがこれをすべて承知の上でやったのならば、私は彼を尊敬する。しかし事実は、大統領政治を「プロレス興行」にしてしまった最初の大統領である彼が、今絶対に忘れてはならないこの作品をロクすっぽ観ていないことを暴露しただけだった。聖書を掲げるというのは、全然別のコンテキストから持ってきたものなのだろう。あるいは、YouTubeを流し見した彼のスタッフが、『ブレージングサドル』のこの問題のショットだけを目に留めて、「これでいこう!」と決めたのかもしれない。
トランプを批判するデモが広がりを見せ始めたとき、彼は、明らかにリチャード・ニクソンを意識しながら、「法と秩序」という言葉を強調するようになった。どうも彼は、最近、ニクソンに自分を重ね合わせて、自分を慰めている気配がある。とんでもない、ニクソンもひどかったけど、中国とソ連との「和平」には貢献し、ベトナム戦争の打開にも努力したぞという意見もあるが、今は置く。
とにかく、メル・ブルックスの『ブレージングサドル』は、「法と秩序」を強調したニクソンが「ウォーターゲート事件」でその矛盾をさらけ出した時代を開拓者の時代にずらし(ただし、エンディングシーンには「現代」がダブるという裏技もある)、明らかにニクソンを意識した「悪徳知事」(メル・ブルックス自身が演じている)とその一党を笑殺し、しかも非暴力の和解を示唆する傑作コメディである。もし、トランプがニクソンを気取るのならば絶対に観ておかなければならない映画である。
もう半世紀近く昔の映画であるにもかかわらず、まるで今のトランプを予見したかのような皮肉があちこちにある。で、聖書のシーンだが、それは、新保安官が来るというので期待にあふれる町に黒人の新保安官(クリーヴォン・リトル)がやって来るシーンだ。黒人の保安官などとんでもないと騒ぐ町民を牧師(ライアム・ダン)が静めようとして聖書を掲げる。が、町民はそんな和平はたくさんだとばかり一斉に銃で聖書をぶち抜くのである。
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