アメリカは燃えている――“BLACK LIVES MATTER”と“I Can’t Breathe”とCovid-19(粉川哲夫)

2020.6.11

二重の意味での「I Can’t Breathe=息ができない」

さらに、時を同じくして、BLACK LIVES MATTERよりももっと印象的なスローガンが広まった。“I Can’t Breathe”(息ができない)だ。これは、言わずと知れた、警官に首を押さえつけられたジョージ・フロイドの最期の叫びである。

実は、この悲痛な叫びの言葉は、これが初めてではない。2014年7月17日にニューヨークのスタテンアイランド(私の空気感覚では、どちらかというと白人優先で、カラードやアジア系への差別の雰囲気が強いエリア)で、やはりアフリカ系アメリカ人のエリック・ガーナーがドラッグの密売容疑で逮捕された際、(こちらは少し暴れたが)警官に取り押さえられ、窒息がもとで死亡した。この事件は、大陪審が不起訴の決定をしたことで、抗議運動が高まり、警官への報復事件まで起こった。今回のジョージ・フロイド事件で話題になったNBAのプロバスケットボール選手レブロン・ジェームズが着ている「I CAN’T BREATHE」をプリントしたTシャツは、実はエリック・ガーナー事件のときに彼とその仲間たちが身に着けたものであり、その背後には6年間の歴史が込められている。

2014年、NBA選手のレブロン・ジェームズが「I CAN’T BREATHE」とプリントされたTシャツでウォームアップしている動画

「息ができない」というスローガンは、今では、2014年のときとは異なるリアリティを持っている。アメリカではパンデミックで10万8000人の生命が奪われ(6月5日現在)、失業者が5月の段階で2500万人を超え、そしてトランプにはその打開の方向を示すことができないという現実。ジョージ・フロイドも、生前、レストランの守衛をしていたが、Covid-19で店が閉店になり、失業中の身であった。まさに彼は、死ぬ前から「息ができない」状態であったのであり、今、アメリカではこの言葉を自らの実存の言葉として受け取る人々が増えている。

こうした深刻な事情を無視するかのように、トランプは、もし知事や市長がデモを抑えられないのなら、国軍を派遣すると恫喝した。彼がミネアポリス市の市長にくどくどと文句を言う音声はCNNがすっぱ抜き、今ではどこでも聴くことができる。

トランプがアンティファ陰謀説を確信した背景は、ネットで辿れる情報では、またしても、コロナ禍=武漢研究所説をトランプに吹き込んだトム・コットンの6月1日の時点のツイートあたりではないかという気がする。

身内しか信じられなくなっているトランプの相談役は今や限られている。自分が胸を張って国防長官に抜擢したジェイムズ・マティスにも去られ、挙句の果てには、この国軍派遣を真正面から批判されてしまうのだ。イラクで非情な戦闘指揮をして「ジェイムズ・“マッド・ドッグ”・マティス」として恐れられた彼は、プロの軍人だから、結果次第ではどんなことでもやるとしても、結果がマイナスだけの子供じみた決定には反対なのだ。

ニクソンを意識したトランプは『ブレージングサドル』を観ているのか?

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