世界で進む「性的同意」の議論。俺たち男はその意味を理解できているのか(清田隆之)
2020年5月に「性的同意年齢」を13歳から16歳へ引き上げた韓国。日本のSNSなどでは「13歳」という年齢を揶揄するコメントが数多く寄せられたが、日本の「性的同意年齢」はいまだに「13歳」のままなのはご存知だろうか?
これまで1200人以上の恋愛相談に耳を傾け、男女問題やフェミニズムに詳しい「桃山商事」の清田隆之が、日本の刑法と我々の生活における「性的同意」の意味するものをひも解く。
目次
「性的同意年齢13歳」が意味するもの
2020年5月13日、韓国で性行為への同意能力があると見なす「性的同意年齢」を13歳から16歳に引き上げたというニュースが報じられた。「根本的なレベルで若者を性犯罪から守る」ためという司法省の表明も掲載されていたが、性的同意年齢の引き上げは世界的な潮流であり、韓国の決断は間違いなくポジティブなもののはずだ。
ところがツイッターやネットニュースのコメント欄では、韓国を嘲笑するような声が相次いだ。「なんだコリア!!」「13歳!? やっぱり韓国っておかしかったんですね」「さすがの男尊女卑国家」「今さらかよ女性蔑視社会」など……ネットでよく見かける嫌韓コメントの一種なのかもしれないが、論理的な批判の体すらなしていない冷笑や罵倒の数々には絶望しかない。そして、これに輪をかけて絶望的なのが、その多くが「日本はいまだに13歳」という事実を知らないままコメントを書いていた点だ。
性的同意年齢13歳──。これの意味するところは何か。性犯罪に関わる刑法の条文にはこのような内容が記載されている。
第176条(強制わいせつ) 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6か月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
第177条(強制性交等) 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
このように、刑法では13歳がひとつの基準になっていて、それ以上になると「暴行又は脅迫を用いて」という必要条件がつく。平たく言えば、これは「13歳以上であれば自分で同意の判断ができると見なしますよ」ということだ。13歳未満は自分で判断することができないので、性行為をした場合も、性行為を持ちかけた場合も、問答無用で罪となる。しかし13歳以上は判断能力があると見なされ、するもしないも自分の責任でという話になってくる。
その性行為が罪になるのは、「暴行又は脅迫を用いて」ということが立証された場合、あるいはつづく第178条(準強制わいせつ及び準強制性交等)に定められた「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて」ということが証明できた場合のみとなる。性暴力関連の資料を読むと、これに関して昔からさまざまな異議が投げかけられてきたことが窺い知れる。
暴行や脅迫、抗拒不能を立証できないと「同意」と見なされる地獄
現行の刑法が制定されたのは1907年、明治40年のことだ。刑法の条文はこれまで何度も改正を重ねてきたが、性犯罪に関わる部分に関してはずっと手つかずのままだった。それが2017年の6月、制定以来110年ぶりに改正されることになった。背景には性暴力被害の当事者や支援者の粘り強い呼びかけがあった。
これにより、性犯罪の厳罰化が進んだ。懲役の下限が「3年」から「5年」に延びたり、それまで親告罪(=被害者の告訴がなければ加害者を起訴することができない)だったのが「非親告罪」となったり、女子に限定されていた被害者の性別が問われなくなったり、処罰対象となる行為が「性交、肛門性交又は口腔性交(=アナルやオーラルも含む)」に拡大されたりと、被害者が救済される方向へシフトした部分もいろいろある。
しかし、「13歳となっている性的同意年齢を引き上げるべきではないか」という意見や、「暴行や強迫があったことや“心神喪失若しくは抗拒不能”であったことを立証できない限り罪に問えない」という構造的な問題は、改正案の検討項目に入っていたものの、法務省や国会での議論の末に見送られている。
これだとたとえば、13歳の女子が大人の男性に迫られ、同意のないままセックスをしてしまったとしても、暴行や脅迫の存在や、最後まで激しく抵抗した事実を自ら立証できない限り、相手男性を罪には問えないことになる。これには「淫行条例で裁かれるのでは?」という意見もあるだろうが、それは的外れな指摘だ。性暴力関連の取材を精力的につづけているライターの小川たまかさんは、『Yahoo!ニュース 個人』の記事「日本の性的同意年齢は13歳 『淫行条例があるからいい』ではない理由」の中でこう述べている。
一方、淫行条例(もしくは児童福祉法)で裁かれるのは、「18歳未満との性行為」だ。加害側にしてみれば、刑法の強制性交等罪(旧・強姦罪)であっても淫行条例違反であっても「性行為が裁かれる」ことに変わりはないかもしれないが、被害者にとってはそうではない。
日本の性的同意年齢は13歳 「淫行条例があるからいい」ではない理由
(中略)それは、「18歳未満との性行為」が裁かれただけであり、「強姦」ではない。被害者にとって「暴行・脅迫」を証明できなかった場合は淫行条例違反でしか裁かれないことになり、その場合、自分が「同意の性交をした」ことになってしまう。
また、淫行条例違反の罰則は、ほとんどの都道府県が「2年以下の懲役または100万円以下の罰金」もしくは「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」と規定している。強制性交等罪(懲役5年以上)と比べるともちろん軽く、被害者視点からしてみれば、「性的同意年齢が13歳であっても、淫行条例違反があるからいい」とは言い難いだろう。
暴行や強迫の存在や激しく抵抗したことを立証できないと「同意した」ということにされてしまう現実は、想像するに地獄だ。小川さんは著書『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(タバブックス)に収録されている「生まれてから12年間だけ猶予期間」という文章で次のように述べているが、読んでいるだけで胸が苦しくなってくる。
あの13歳になった日の朝。私が読むべきだったのはこんな文章だろう。
『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(小川たまか/タバブックス)より
日本には性的加害に1人で立ち向かわなくてはならないという刑がある。相手がどんなに自分より年上でも、体格差があっても、抵抗したら危害を加えられたり、今後の生活で不利な立場に置かれたり、もしくは殺されるかもしれないと感じたとしても、相手に伝わるかたちで必死に抵抗しなければならない。抵抗を裁判で立証できなければ、通常のセックスをしたのだと見なされる。この刑は生まれてから12年間だけ猶予される。あなたの猶予期間は昨日で終わりました。
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