笑い飯・西田「哲夫とならこの状況を変えることができると思った」

2021.12.26
笑い飯・西田幸治

文=鈴木淳史 撮影=長谷波ロビン


『M-1グランプリ2010』王者の笑い飯を『クイック・ジャパン』が表紙に抜擢し特集を組んだのは、王者となる6年も前の2004年9月だった。当時まだ30歳、若手芸人の中でトガっていた彼らのソロインタビューをそれぞれ特別公開。西田は、当時抱えていたアイドル的芸人への苛立ちなどを語っていた。


これまでの状況は想像の範疇

──哲夫さんとのコンビは最初からしっくりきましたか。

笑い飯(左:西田幸治 右:哲夫)
笑い飯(左:西田幸治 右:哲夫)

西田 ようやく道が拓けたなと。ネタをちゃんと作り始めたらおもしろかったですし。お客には伝わらなかったですが(笑)。

やっぱり、当時人気があったアイドル的なお笑いには苛立ってましたよ。baseのすぐ上にあるビルがワッハなんですけど、そこのロビーにWEST SIDEのファンが時間潰しに来るんですよ。それで、ずっとWEST SIDEの話とかするんです。もう殺してやろうかなと思いました(笑)。お笑いがアイドルの人と同じくらい人気出るのは、何となくわかるんです、ダウンタウンさんだってそうやったし。ただ、芸人がアイドルと同じくダンスや歌をする必要はないので、「なんじゃコイツら!」と。……当時、インディーズライブのチケットを手売りしてましてね、「キングコングは出ないの?」と聞かれて、「出るわけないやろ」と言ったら、「ほしたら、行かへん」と。そんなんばっかです(笑)。だから、自分らのおもろさを手っ取り早く理解してもらうために、よく路上でネタを見せてましたよ。笑かしてましたけど、吉本の看板ないと誰も寄ってこないですね。

──そこまでインディーズにこだわっていたおふたりが、なぜ吉本に?

笑い飯・西田幸治

西田 周りのインディーズのヤツらがことごとく「またオーディション落ちたわ」とか話してるから、ある時、「じゃあ、オレら一発で通るわ。見とけよ」ということになったんです。そしたらモノの見事に15秒で落ちました、持ち時間2分なのに(笑)。当時僕らは通常10〜20分のネタをやってたので、そこでやっと、最初の2分でお客さんを掴んでそこから見せていくという基本的なことを学びましたね。とにかく11カ月落ち続けましたから。でも、評判にはなってたらしいです。そんな時バッファロー吾郎さんの、事務所の枠関係なく本当におもろいと思った人だけを選んでネタ見せするイベント「ホームラン寄席」に呼んでもらったんです。一回もオーディションを合格してないようなやつらを出して、おもろなかったらバッファローさんの評判落ちるだけやのにすごいなと。そんで、「2分〜30分の間で好きなだけやり」と言われたんで、実際に30分間やったら、えらい怒られました(笑)。

それから次第にオーディションも合格しだして軌道にのってきたんで、そろそろインディーズライブも辞めよかなと。で、「ガブンチョ」というbaseよしもとの二軍扱いで劇場に出入りするようになりました。でも、居心地は悪かったです。舞台に定期的に立てるというだけの話で、好きな企画をできるわけやないですから。「何がおもろいねん、こんなしょうもないゲームコーナーをして」と常にケチつけてましたね。でも、それまでは吉本という大きな組織に組み込まれるのが嫌やったんですけど、哲夫とならこの状況を変えることができると思ったんです。自分らがやりやすいように周りを変えられると。だから、辞めようとは思わなかったです。

──そして、2002年の『M-1グランプリ』決勝に進出したのは大きかったですね。

西田 何より、吉本の社員さんに存在を知ってもらえるようになりました。1回目(2001年)は2回戦落ちでしたし。でも、1回目から「決勝いける」とホンマに思ってましたよ。実際予選会場でも、僕らが笑いを一番取ってましたし、審査員も「笑い飯おもろかった」言うて帰ってましたから。2年目の予選の時は先輩の$10さんなんかが、「お前ら、決勝いくんちゃう」と言ってくれてましたね。芸人さんの間では評判高かったです。ただ、準決勝でスベったんですよ。その原因のひとつに、予選では毎回違うネタしてたのがありましたね。回数をこなしてないから、ネタの完成度にムラがあったんです。だから、決勝進出は意外でした。……ただ、それまでの予選では受けてたから当然かなと思いましたけど(笑)。

──本番前は、どう過ごされました?

笑い飯・西田幸治

西田 やっぱ真剣に考えたら胃が痛くなったりするんで、何も考えないようにしました。本番は楽しかったですよ。審査員の人たちを凝視することはできませんでしたが、ネタ中に審査員の笑いが聞こえたので「ウケてるな」思って、テンション上がりました。ただ、控え室の雰囲気が嫌でね。他の芸人がみんな真剣な面持ちなんです。普通に漫才するだけなのに、カメラも回ってるのに(笑)。

僕ら、審査されること自体、ちょっと前までbaseのオーディションで慣れっこでしたから。ネタで使う商品名をスポンサーの関係で変えなアカンのを本番前に言われて、それは慌てましたけど。でも、たいしたことじゃないし、最悪商品名を言うてもなんとかなるやろうと能天気に思ってましたね。最終決戦の3組に選ばれたのも嬉しかったです。その後目に見えてTV出演が多くなりましたから。劇場も年配の人や男性客が増えて、baseの客層変えたんちゃうかなと。アイドル芸人目当ての女子高生だらけではなくなりましたからね。

──一昨年、一気に注目を浴びたので去年の大会はプレッシャーあったんじゃないですか。

西田 これ言うの申し訳ないんですけど、皆無でしたね。僕ら評判落ちたりするのなんとも思ってなかったんで。ずっと芸人やるつもりなんで、一回評判落ちたってもう一回上げたらエエやろと思ってましたから。……僕、これまでの人生で一度も浮かれたことないですね。浮かれたいですよ、本当は(笑)。今年のM-1に優勝したら浮かれようかな「ちゃんとおもろいことやってたから、自然に認められるわ」と、ここのところの周囲の急な好評価も、ずっとクールに受け止めてましたから。これまでの状況は想像の範疇なんですよ。まぁ、芸能人のキレイな女性が寄ってきたら浮かれるでしょうね(笑)。


この記事の画像(全5枚)


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

Written by

鈴木淳史

(すずき・あつし)1978年生まれ。兵庫県芦屋市在住。 雑誌ライター・インタビュアー。 ABCラジオ『よなよな・・・なにわ筋カルチャーBOYZ』(毎週木曜夜10時~深夜1時生放送)パーソナリティー兼構成担当。雑誌『Quick Japan』初掲載は、2004年3月発売号の笑い飯インタビュー記事。