お笑い界に蓄積された“野球コント”の方法論
──野球コントにおいては「ホームランの約束」「ヒーローインタビュー」など、伝統芸的なフォーマットも多数生まれています。
岩崎 「ホームランの約束」のネタはもうみんながやっているから、ある意味では大喜利のお題みたいに「僕らはこのお題をこうアレンジしましたよ」みたいな感じでオリジナリティを出しやすい。さらに特殊なのが、「医者と患者」「美容室と客」みたいな定番の設定とは違って、すでに「ホームランを打ったら手術をする」っていうシチュエーションが乗った状態なんですよね。あれ自体がショートストーリーとして成立しているし、わかりやすい感動話じゃないですか。
ただ、今はもう「ホームランの約束」の設定でどんなにひねっても、それに見合ったリターンはない気がする。もう10年近く前からボケの生えない不毛地帯になっている印象ですし、新しいものが生まれたとて……という感じもしますね。自分たちが舞台に立って「あれ、これホームランの約束のネタ?」って空気になることに耐えられない気がする(笑)。
──「ヒーローインタビュー」のネタも多いですよね。
岩崎 プロ野球選手とアナウンサーがふたりで立っている絵って、パッと見てすぐに何をしているかわかるじゃないですか。それって、コントではすごく大事なんですよね。あと、コント初心者にとってもインタビュー形式は一番入りやすいフォーマットなんですよ。若手の芸人はよく、コントのネタ見せで「なんでその人、帰らないの?」って作家に言われるんです。日常生活で知らない人と会って、変なヤツに絡まれたらすぐ帰るじゃないですか。
でも、ヒーローインタビューは最後までその場にいなきゃいけないっていう設定上の利点があるんですよね。活躍して上機嫌な選手にインタビュアーが素っ頓狂な質問をして、だんだん不機嫌になる……とか、お客さんが観ている前だから怒れないっていうのもある。それは「ホームランの約束」も同じで、たとえ生意気なことを言われても入院している子供だから無下にもできないし、確かにコントが作りやすい設定ではあるんですよね。
──野球を知っている人なら設定が飲み込みやすい上に、コントにしやすいシチュエーションが多いんですね。
岩崎 あと、もしかしたらですけど、僕も含めて芸人って社会に出ないままお笑いの世界に入る人が多いじゃないですか。だから「大人が何かをしゃべっている」というシチュエーションを考えるときに、一番身近なサンプルがプロ野球選手なのかもしれないです。社会に出ていないぶん、テレビの中からそういうシチュエーションを拾ってくる。もし芸人がみんな社会人を経験してから芸人になっていたら、サラリーマンコントばっかりになると思うし。
ただ、今だとプロ野球のヒーローインタビューよりも、サッカーの試合後に通路でインタビューに答えている絵のほうが伝わりやすいかもしれないですよね。インタビュー中にうしろを通っていく選手にめっちゃ話しかけられたり、外国人選手に肩を叩かれたりっていうインタビュー風景がコントになっていくのかもしれない。
──確かに、今は地上波でプロ野球の試合が流れることもあまりないですし、ヒーローインタビュー自体を知らない人も多いかもしれません。
岩崎 そのうちコントで「放送席、放送席、逆転ホームランを打った〇〇選手です!」って言っても「いやいや、こんなことしないでしょ」ってそのシチュエーション自体がボケだと捉えられるかもしれない。下の世代の芸人だと、野球よりサッカーのほうが身近に感じる人も多いと思います。お笑い芸人は、みんな上の世代の芸人がやっているネタを見てネタを作るんで「俺だったら野球でどうコントを作ろうかな」っていう発想になっていたと思うんです。だけど、だんだん「でも俺サッカーのほうが好きだしな」ってなれば、サッカーのコントが増えていくかもしれないですよね。
───これからまた新しい「野球コント」も生まれてくると思いますか?
岩崎 可能性は全然あると思うんですけどね。今の中堅世代の芸人たちにとって、野球って本当に身近なものだったと思うんですよ。僕自身も少年野球をやっていましたし、みんなが知っているから題材として扱いやすい。だから、簡単に言えば「身近でイジりやすい」っていうのはひとつの要因としてある。
あとは、少年野球から高校野球、プロ野球、さらに草野球まで幅広い年代のプレイヤーがいるから、みんなが手を出しやすいんですよね。僕らも草野球の監督を題材にしたコントを作っていますけど、草野球っていう言葉もこれだけ市民権を得ているから、いちいち「休日に仲間と野球をしてる」って言わなくていい。あと、「高校球児か!」っていうツッコミもまだまだ使えますよね。汗と涙と努力と、愚直さとみたいなイメージがあって。「高校のサッカー部の選手か!」よりも伝わりやすい。そう考えると、やっぱり偉大ですね、野球って。