受賞の目がある?『心淋し川』
杉江 次は『心淋し川』ですね。言い忘れましたが、西條さんも含めて、今回の直木賞は6人全員が初候補という新人戦です。
マライ 江戸時代、特殊な立地事情から、人生の吹き溜まりゾーンとしてずっと機能しつづけた長屋ブロックを舞台にした、人生の哀歓を切々と綴る連作短篇集ですね。なんというか、大河じゃないNHKの時代ドラマ、全10回シリーズとかのような雰囲気です。確かにとても上質ではあるのだけど、このタイプの小説が好きな人向けであって、ジャンルの枠を超えるパワーはないかなというのが率直な印象です、と言ってしまうのは時代小説の門外漢ゆえの意見かもしれなくて、大変申し訳ないのですが。
『心淋し川』あらすじ
千駄木に、心町と呼ばれる一画がある。そこに住んでいるのは、世間から取り残された者ばかりだ。父親との心安らげない暮らしから逃げ出したいと思う娘、囲い者ばかりが住む長屋でふとしたことに慰めを見出す女。よるべなさを満たすものを求めて彼らは彷徨う。
杉江 なるほど。NHKの10回ドラマというのは言い得て妙です。西條さんの出発点は日本ファンタジーノベル大賞なんですが、受賞作の『金春屋ゴメス』が近未来の東京に鎖国状態の江戸が出現するという疑似時代小説だったからか、そっち方面の作品が多くなりました。なので、時代小説に対する憧れがあるという出自ではないと思います。過去という舞台を使って現代的な問題を書いたものに私は好きな作品が多いですね。この小説も、どうあっても浮き上がれない下層が社会の中で分断されてあり、しかも不可視領域に追いやられていることの隠喩としてあの長屋は描かれていると思います。さっき受賞の目があると思ったのは、その部分が評価されるんじゃないか、という読みです。
マライ なるほど、格差社会の固定化の問題ですか。
杉江 江戸時代は身分制度が厳格でしたし、分相応に暮らすのがどの階層でも当たり前でした。現代と重ね合わせると、そのへんの厳しさを「気の持ちよう」で乗り切っているようにも見える。人情という緩衝装置で社会が維持されていた時代を描いた小説ですよね。
マライ それは体制肯定へのさりげない誘導、とも言えませんか。
杉江 そこまで言っちゃうと酷なのかもしれません。動かせない現実を重く受け止める小説なので、やるせなさを受け入れた上でそれでも生きていく、という部分に共感する読者は多いと思うんです。直接的な、現実を転覆するような発条のようなものを入れるのは、こういう形式の時代小説ではちょっと難しいと思いますよ。
マライ そうか、こうした小説を読んで癒やされる方もいらっしゃるわけですしね。それはそれで私も否定はできない。ただ、やっぱり『インビジブル』のほうが読後の活力は湧いてきますね。
杉江 お気持ちはよくわかります。
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