バーチャル空間の人との距離感
──フィオさんは大勢の人がいるところが大変だとおっしゃっていましたが、「VRchat」で人が密集するのは大丈夫なんですか?
フィオ 気にならないですね。アバターだと、パーソナルゾーンを絶対に侵されないんですよ。バーチャル空間で自分のまわりに数十人いても、物理の自分の空間のまわりには誰もいない。もちろんVRだと視覚・聴覚はハックされている状態なので、気配は感じますし人も息遣いも感じます。面と向かって会ってる感覚ではあるんです。でも現実ではそこにいないじゃないですか。触れられることはないし、アバターなので人間の目を見ることも見られることもない。
──見た目の距離じゃなくて感覚の部分の話ですね。
フィオ そうですね。私は人混みの中を歩くのがとても怖いんです。肩をぶつけてくるおじさんとか、絶対に道を譲らないおばさんとか、いるじゃないですか。ああいう方が理解できない(笑)。
自分にとって、アンコントローラブルな存在がまわりにたくさんいる状態が私はすごく怖くて。なんで満員電車でこんな臭い思いしないといけないんだろう、なんで触れ合いたくない人と触れ合わないといけないんだろう、みたいな疑問がすごくあります。
──今回の『ComicVket』の感想で「臭くない」っていうのがありましたね。
フィオ 『コミケ』は私も身体がダメになる前はすごく好きだったんですけど、やっぱり人と触れるのとか、汗がベタベタで臭いのとか、なかなかトイレ入れないのとかはいやでしたね。『ComicVket』だったら人それぞれの環境で完結できます。
バーチャル空間での職業
──ぼくはVRは遊びに行く場所だと思っていたんですよ。でも「VRchat」内で経済が作れる、仕事ができる、ってなると気になってきました。
フィオ うーん、私は「VR法人HIKKY」の中でもバーチャル過激派なので、これが会社の総意ではないということを前提にお話すると……私は過去の自分を救いたくて活動しているんですよ。「もう現実世界で生きていくのは無理だ、全部諦めて、死んで保険金出したほうが家族にとっては楽かな」とか、「でも自殺だと保険金出ないからな……」とか、そのくらいのところまで追い込まれて考えていました。
そのくらい現実に絶望している人って、今もどこかにいると思ってるんです。そういう人たちにとって、現実で生きられないからバーチャルで生きることを見出せたとしたら、それは大きな希望になるんじゃないかなって。現実に逃げ道がなくて、バーチャルで生きるしか選択肢がない。だからここで職業を作って、ここで生きていくことしか考えてないんですよね。
──生きる道が現実じゃなくてもよくなってきたんですね。
フィオ 現実で生きていくことができないんだったらこっちで生きていこうよ、って。たとえば引きこもりって社会的に問題視されますけど、バーチャル空間で生活するとなったらなんのデメリットにもならない、むしろプラスなんです。対人恐怖症の人も、キャラクターアバターとだったらコミュニケーションを取れるかもしれないですよね。吃音症の方とかで、人としゃべりたくない、言葉を発したくない場合は「無言勢」として「VRchat」の中で活動している人もいます。能力は発揮できるわけですよ。いろいろなハンディキャップを抱えた人たち、現実世界で生きていくのにつらさを覚えている人たち、ほかにも何か現実向いてないな、っていう感覚でもいいと思うんです、そういう人にとっての受け皿になる社会を作りたい。そのために安心して一歩踏み出すことができるだけの生き方の選択肢を、バーチャル空間に作りたいんです。
フィオ いろんな企業、いろんなクリエイター、いろんなプレイヤー、いろんな人が参入できる状況を準備して生活圏や経済圏を作ることで、自分にしかできない職業をバーチャル空間の中に見出し、それによって物理の肉体を生かしていけるようにしていきたい。バーチャル空間にも生きる選択肢を見出せる社会を作りたい。私はだんだん自分と自分の家庭を養えるだけの収入を得られるようになったので、モデルケースのひとつにはなってると思うんです。いろんな要因が重なって運がよくてできたというのもあると思うので、次の私の目標はそれを再現性のあるものにしていくことですね。
──そもそも経済圏として回っていく可能性ってあるんでしょうか?
フィオ じゅうぶんありますね。最終的には生き方自体も混ざっていくと思います。現実の世界をベースにお仕事して、夜帰ってきたら趣味としてバーチャル空間を楽しむ生き方、これは今多い生き方だと思います。私みたいに完全に振り切って、バーチャル空間でアバターを通じてしか社会と関わらず、生活費を稼いで物理の肉体を生かしていくと切り分けている人たちもいれば、現実では週何回で働いて、バーチャル空間でも働いてと半々でやってますみたいな人たちとか。いろんなパターンの人が出てくると思いますね。
──そうお聞きすると、現実世界の個々の仕事への向き合いほうも、あんまり変わらないかもしれないですね。
フィオ そうですね。バーチャル空間っていうのはインターネットが生まれたとの同じくらいのインパクトがあると私は思っています。今のインターネットは2Dなんですよ。
──文字と画像、ですか。
フィオ バーチャル空間は3Dのインターネットなんです。表現できる次元が1個違う。アカウントを持つ文化は、もうみんな慣れ親しんでいますよね。バーチャル空間では、みんなのアカウントがアイコンからアバターという立体になる。
──SNSで娯楽も経済もすでにできる時代だと考えれば、VR上でもできそうですね。
フィオ 今インスタグラマーとかYouTuberとかいますが、同じようにバーチャル空間を通じて経済活動していく、それを糧として暮らしていく人たちが確実に出てくるだろうし、今も生まれ始めている。
何もできなかった夏をVRで乗り切る
──今年8月に開催された『ComicVket』『MusicVket』はどのような意図で企画されたのですか?
フィオ 私の妻が同人作家であると共に、同人関係の事業をしているんですが、今年コロナが始まって、2月くらいから先のリアルイベントが全部なくなり「私今年稼ぎなくなっちゃった」となってしまったんです。作家さんたちは発表の機会がなくなって筆を折ったりとか、印刷所は潰れちゃったりとか、『コミティア』さんが存続をかけたクラウドファンディングをやらないといけないとか、同人文化の危機を感じました。私も過去『コミティア』とか『コミケ』とかは、病気になる前までは10年選手でずっと出ていたんです。
──リアルイベントにはかなり積極的に参加されていたんですね。
フィオ そう、だから他人事ではないなって。今までのバーチャル空間でイベントをやるノウハウを通じて貢献できないかなと思って、『ComicVket』を企画したんです。ただ同人誌を描く人たちとVRを楽しむ人たちは、全然別の層です。『バーチャルマーケット』は「Blender」とか「Unity」を使えないといけない、高いハードルがある。入稿をできる限り簡単にして「マンガを描く人」が参入できるように、システムを整えました。
──『ComicVket』はJPGとPDFだけで入稿できる簡単さにびっくりしました。
フィオ 同人作家さんの締切や発表の機会は創作のモチベーションにつながると思ったのがきっかけだったんですね。それが2月くらいです。音楽もやろう、みたいな感じで併催として『MusicVket』もやることになったんです。最終的には今までVRに興味のなかった作家さんたちに出展いただいたり、「同人誌即売会には興味があるけどバーチャル空間はよくわからない」という来場者さんにも魅力が伝わってよかったです。
──出展者さんで、VRをやってなかった方ってどのくらいの割合でいたんですか?
フィオ 全体で377サークル出展があったんですけど、そのうち8割から9割は今までVRに触れてこなかった同人誌の界隈から来てくださった方々ですね。
──ほぼ初VR体験の人ばかり!
フィオ いきなりやっても人が集まらないだろうなと思っていたので、4月に『ComicVket 0』っていう前段階イベントをやってたんです。著名なサークルの方々に声をかけて「お試しのイベントをやってみるので原稿お借りできませんか」と。そこからまず発信していただいていたのもあって、今回のように出展者が集まったのかなと。『ComicVket 0』もニュースになってましたね。
──2月に発案して4月に開催って、めちゃくちゃ早くないですか?
フィオ 発案から実行までの速度が、私の強みなので(笑)。まあデスマーチでしたね。やりたいことをツイッターで発信して、スタッフを募集、集まった仲間と共に『ComicVket 0』をやって、さらにスタッフを増強して「夏に本格的にやるから仲間集めています」と発信、最終的に60人くらいスタッフが集まってくれました。そのメンバーで力を合わせて。『ComicVket』と『MusicVket』は3カ月でがんばって作りましたね。
──そこに『バーチャルマーケット』が挟まるとなると怒涛の勢いですね……。
フィオ 年末にある『バーチャルマーケット5』の仕込みも並行していたので、忙し過ぎて4月5月くらいは若干記憶がないです(笑)。『バーチャルマーケット』の方も回を重ねていくごとに洗練されていって、スタッフの絆も深まっているし、ノウハウも溜まっている。『バーチャルマーケット5』は私がいない状態でも回るように、スタッフが自主的に動いてくれているんです。『4』を超えるような感動と想像を超えるような体験を『ComicVket』『MusicVket』で増えたVRユーザーにお届けしたいなと思っていますね。
──『ComicVket』はハイエンド環境じゃなくても入れるので多くの人が来たと思うんですが、初めて触れられた方々の反応ってどうでしたか?
フィオ 『ComicVket』と『MusicVket』は「Oculus Quest」(PCにつながなくてもいいヘッドマウントディスプレイ)でも入れて、スマホを持っていれば「cluster」さんでも会場に入れる。「STYLY」さんの「WebVR」でも入れますし、『VRchat』のデスクトップモードでも入れる。どんな人でも来られる状態なので、初めてVRに触れる方は多かったと思うんです。ツイッターのタイムラインを見ていると「夏の喜びがなくなっちゃってて、実家にも帰れないし悶々としていたところにイベントがあってうれしい」とか、毎年『コミケ』で散財している人が「『ComicVket』に来ていつもと同じ額くらい散財しちゃった」とか。