平成の小学生男子から愛されたブランド「BAD BOY」が現代に蘇った理由

2020.8.11

西海岸からヨーカドーに流れ着いたブランド

――僕自身、そういった「ダサい」味に惹かれてメルカリやヤフオク!でヴィンテージのBAD BOYを買い漁っているんですが、そういう人は少なくないですよね。小塩さんもつながりがあると思いますが、バンド「Kroi(クロイ)」のベーシスト・関(将典)くんとか。

小塩 そうですね、彼はインスタでBAD BOYを着てくれてるのを見つけて、僕から展示会に誘わせてもらって縁ができた感じです。ほかにも「TajyusaimBoyz」(※編集部注:メンバー全員が多重債務を抱えているヒップホップユニット)のLB-RUGくんとか。

――小塩さんは自らSNSを活用して、そういった広報につながるようなこともされてますよね。

小塩 あんまりちゃんと考えてやってることじゃなくて、単純におもしろい人と一緒に楽しみたいって感じですね。僕はSNSの運用だけじゃなく、アイテムの企画、デザイン、流通・生産の管理、営業までをプロジェクトリーダーとして一貫してやっていますし。

――ほぼすべてひとりでご担当されてるってことですよね。デザインも営業もって人、なかなかいないのでは。どういったキャリアを歩んできたのでしょうか?

小塩 もともと僕はアパレルの人間じゃなかったんですよ。学生時代は高専でオートクチュール、つまり一点物の服を作る勉強をしていたんです。一点物中の一点物、「X JAPAN」などの大物ミュージシャンの衣装を制作していた会社でインターンをやらせてもらっていたんですが、卒業が近づいてきたころに先生から「物作りではなく企画やマーケティング方面に行ったほうがいい」と言われたんですよ。

手を動かすのは好きなんですけど、こっちのほうがより向いてるだろうというのは自分でもなんとなくわかっていたので、結局オートクチュールではなくアパレルの会社に入り、今に至ります。

――オートクチュールをやっていた人がイトーヨーカドーやジャスコ(現イオン)、ダイエーの子供服売り場に並んでいたブランドをリバイバルしてる、というのがなんとも数奇です。

小塩 ブランド自体も不思議な経歴なんですよ。僕自身「ダイエーで売ってた子供服」ってイメージが強かったですけど、発祥はアメリカ西海岸で(笑)。もともとは大人のサーファー向けのブランドなんです。

――え! ドメスティック(国内)の子供服ブランドだとばかり思ってました。

小塩 「LIFE’S A BEACH」というカリフォルニアのサーフブランドがあって、そのブランドのTシャツに「BAD BOY CLUB」というロゴがプリントされたシリーズがあったんです。これが1982年に独立して、ブランド化したのが始まりで。当時はサーフィンやBMX、スケートボードの大会スポンサーをやるようなブランドだったんですよ。

カエルのような顔のイラストから「Froggy」と呼ばれる初期のロゴ

――VANSやVOLCOMみたいなことをしてたんだ……。

小塩 ほんとにそんな感じです。で、日本でも90年代に入ってから取り扱われるようになったんですが、もっぱら子供服ブランドというイメージで定着したと。このころのロゴが日本では一番知られてるものでしょうね。

最も国内で親しまれていたころのロゴ

――これですね、懐かしい……。

小塩 さっきも話に出たヨーカドーやジャスコやダイエーなんかの大型総合スーパーをGMS(ゼネラル・マーチャンダイズ・ストア)って言うんですが、当時はGMS全盛期だったこともあって、そこで取り扱ってもらっていたので勢いがあったんですよ。90年代後半〜00年代初頭にかけて、BAD BOYは日本で約70億円規模にまで成長しました。

――当時、女の子向けにはANGEL BLUE、DAISY LOVERS、mezzo piano、pom ponette、BLUECROSS girlsといった、いわゆるナルミヤブランドやBETTY’S BLUEなど、子供服ブランドが隆盛を極めた時代でした。そんななか、男の子向けではBAD BOY一強と言っていい状況だったかと思います。

小塩 SPEEDやモーニング娘。が着てメディア露出していましたね。そういえば、BAD BOYってSPEEDが着て雑誌で大々的に取り上げられたことで一気に広がったんですよ。

向かって右上がその雑誌。左上のSPEED写真集でもBAD BOYを着用したカットが見られる

――それは知らなかったです。 

小塩 当時はGMSがすごくもてはやされていたんですけど、その前に百貨店の時代と言われていた時期があって、百貨店の勢力が衰えていったことでGMSがぐんぐん伸びていったっていう背景があります。で、当然GMSにも終わりが来た。00年代後半のことですね。半ば一蓮托生だったBAD BOYも共に衰退していき、2008年に国内での活動が休止しました。

今回は、BAD BOY復活の裏側とブランドの歴史について話を聞いた。後編では、BAD BOYが親しまれた90年代後半〜00年代初頭に子供時代を過ごした世代から見た少し上の世代のカルチャーへの憧憬、また今の時代について思うことを掘り下げていく。


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