マームとジプシー『cocoon』を再訪する【第1回後編】音のない世界で

2020.4.24

その風景は何万年も前から鮮やかだった

日が暮れる頃になって、安里(あさと)駅近くの「うりずん」という居酒屋に入って乾杯する。何日か前から沖縄入りして、フィールドレコーディングに取り掛かっていた東岳志さんや、2013年と2015年に引き続き、2020年の上演でも音楽を担当することになった原田郁子さんも一緒だ。

「すごい、何かを掻き分けてる音がする」。東さんがフィールドレコーディングしたばかりの音源を聴いていた藤田くんが言う。

「今の音は、茂みの中を歩いてるところ」と東さん。

「ちょっと、これ、怖いんだけど。音だけで風景がめちゃくちゃ伝わってくる」音源を聴き終えた藤田くんは、白百合という銘柄の泡盛を飲みながら感想を漏らす。「演劇って言葉のウェイトが強いけど、今回の『cocoon』は、それをどこまで削げるかってことになると思う。普段のマームだと、ここがどんな場所かってことをモノローグで伝えてたけど、それを音が説明してくれるんだったら、台詞として言う必要がなくなってくるよね。音の質感でシチュエーションが移り変われるとなったときに、言葉として何を選ぶかってことになってくると思う」

ペンと紙を取り出すと、藤田くんは今年の演出プランを具体的に語り始める

出演者オーディションの風景が思い出される。

オーディションで藤田くんは、稽古場を教室の廊下に見立て、参加者を歩かせていた。前を歩いていた誰かに追いつく。向こうからやってきた誰かとすれ違う。ひとりきりで廊下を歩く――その3つを参加者にやってもらっていた。誰かに追いつくときと、誰かとすれ違うときには、相手の名前を呼ばせていた。発語されるのは名前だけだった。その風景を見ながら、藤田くんは膨らんでくる言葉を模索しているようだった。

「そう、今回の『cocoon』は名前が重要になってくると思っていて。最近の僕の作品だと、登場人物に名前がなくなってたけど、名前を呼ぶってことだけでも伝わるものがある気がする。(普通に学校生活を送っていたときには)名前を呼ぶことができていたのに、(ひめゆり学徒隊として陸軍病院に動員されてからは)お互いの名前も呼べなくなったり、名前を忘れるぐらい忙しくなったりする。でも、それが(ひめゆり学徒隊に解散命令が出されて)逃げるときになったらまた名前がよみがえってきて、名前を呼ぶんだけど、最後にはそうやって名前を呼ぶこともできなくなるわけだよね」

藤田くんの言葉に、またしても良光さんの話が思い出される。米軍が上陸してくる前にと、良光さんたちは許田橋を爆破する任務を命じられた。そこで同郷の人を見かけ、「あい、アンフク兄さん!」と良光さんが声をかけると、「貴様、戦争中に名前で呼ぶ奴があるかー!」と部隊長に怒られたという。

――記録を書き残すことを仕事としているぼくは、こんなふうに、過去に起こった実際の出来事と結びつけて考えてしまう。さきほどの藤田くんの発言を括弧で補足したのもぼくだ。

この日、「うりずん」で飲もうと提案したのもぼくだった。ぼくは「うりずん」が好きで、沖縄に滞在しているときは毎日のように通っているけれど、それだけが理由ではなかった。「うりずん」という店は、栄町市場のそばにある。栄町市場は、戦後になって生まれた市場だ。戦争が始まるまで、この一帯には沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校があった。このふたつの学校から動員された子たちが「ひめゆり学徒隊」となったこともあり、この日は「うりずん」で飲もうと提案したのだ。

2013年に『cocoon』を観てからというもの、観客のひとりとして、僕はこの土地でかつて起こった出来事を知ろうとしつづけてきた。ひめゆり学徒隊に着想を得た作品を考える上で――いや、作品のことを抜きにしても――知っておかなければならないことは山のようにある。ただ、あまりにも過去とだけ結びつけてしまうと、あくまで「遠い昔に起こった悲惨な出来事」だと認識してしまう。舞台上に立ち上げられるものは、ただの過去でも、ただの現在でも、ただの未来でもなく、ほんとうのことだ。

「初演のときからずっと、『今の言葉で言うところのリゾート感のある風景――海が透き通っていたり、空があれだけ青かったりする風景――の中で死んでいったのは残酷だよね』ってことは話してたんだけど、その風景の鮮やかさっていうのは、何万年も前からこうだったわけですよね。それが、戦争という人工的なものによって変わってゆく。でも、戦争っていう極端なことがなくても、たとえば『学校で嫌なことがあった』っていうだけでも、そうやって見えていたはずの風景が見えなくなったり、聴こえていたはずの音が聴こえなくなるってことはあるじゃないですか。そういうことが、何千年前から繰り返されてきたってことは、郁子さんとこれまで話してこなかった気がする」

しばらく黙って話を聞いていた郁子さんが、「なんとなく、新しい曲が作りたい気もする」と口を開く。「今年の『cocoon』は、それぐらい違うものになるんじゃないかっていう気がする。ちょっと、前の曲だと、あてはまりきれない気がする。前回の『cocoon』から、そういう時間が経ってるってことだよね」

雨が降りしきる中、残波岬に立ち、西側に広がる海を見つめる

今年の『cocoon』は、どんな音が、どんな時間が描かれることになるのだろう。作品が上演されるまでの日々に伴走しながら、言葉を書き記したいと思う。はじまりは3月だった。

*集中連載「マームとジプシー『cocoon』を再訪する」第2回は2020年5月中旬の配信を予定しています。


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  • 集中連載 マームとジプシー『cocoon』を再訪する

    【第1回前編】現実以上に「ほんとうのこと」に耳を傾ける


  • マームとジプシー「cocoon」
    原作:今日マチ子「cocoon」(秋田書店)/作・演出:藤田貴大(マームとジプシー)/音楽:原田郁子

    東京|7月4日(土)〜7月12日(日)東京芸術劇場プレイハウス
    埼玉|7月18日(土)〜7月27日(月)彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
    上田|8月1日(土)〜8月2日(日)サントミューゼ 上田市交流文化芸術センター 小ホール
    北九州|8月9日(日)北九州芸術劇場 中劇場
    伊丹|8月14日(金)〜8月16日(日)AI・HALL 伊丹市立演劇ホール
    京都|8月22日(土)〜8月23日(日)京都芸術劇場 春秋座(特設客席)
    沖縄|8月29日(土)〜8月30日(日)ぶんかテンブス館テンブスホール

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