「30〜40代、全力で走ったのは無駄じゃなかった」雁須磨子×三浦しをん対談『加齢と創作と残り時間、そしてお金』【『起承転転』1巻刊行トークイベント】

2026.3.11

文=ちゃんめい 編集=高橋千里


誰かの妻にもならず、誰かの母にもならず、娘のまま50歳になった──。

50歳で“売れない役者”を辞めて故郷の福岡に戻った主人公・葉子が、人生の新展開を迎える様子を描いた『起承転転』(太田出版)。『このマンガがすごい!2026』オンナ編第3位にランクインするなど、話題を集めている。

そんな『起承転転』1巻発売を記念して、著者・雁須磨子と、前作『あした死ぬには、』に絶賛の言葉を寄せていた小説家・三浦しをんによる対談イベントが、1月22日(木)に開催された。

トークテーマは「加齢と創作と残り時間、そしてお金」。なお、イベント数日前にぎっくり腰を患った雁須磨子は当日サポーターを着用して登壇。“加齢”というテーマをまさに身をもって実感しながら、互いを敬愛するふたりが親密に語り合った対談の一部を、QJWebで特別に公開する。

少女マンガが描いてきたことの“その先”がここにある

三浦 『あした死ぬには、』は40代、そして今回の『起承転転』では50代の女性が主人公ですが、この世代の女性を主軸に据えたマンガって実はそれほど多くないと思うんです。しかも描かれているのは、日常の些細な出来事から人生のあれこれまで。その一つひとつが、とてもリアルなんですよね。

少女マンガが長い時間をかけて描いてきたことの“その先”っていうんでしょうか。そうした物語が、今ようやく雁先生によって実現し、読めるようになった。そのこと自体がすごくうれしいんです。

(自分自身が)人生のどの局面にあっても、「マンガがちゃんと自分に寄り添ってくれるんだ」と感じられる。こういう作品に出会える今の時代に生きていてよかったと思います。

 すごくうれしいです。ありがとうございます。

『起承転転』1巻(雁須磨子/太田出版)

三浦 あと主人公の葉子さん、あんまりちゃんとしてないじゃないですか(笑)。見切り発車が多いというか。だからもう「葉子さん、しっかり!」って思うところもあるんですけど、「これはどういうことなんだろう?」と謎めいた部分も多いので、続きが本当に楽しみです。

 そうなんです。葉子は大ざっぱで楽観的なんだけど、そうやってあまり深く考えずに動いた結果「あぁ……」って。くよくよしてしまうことが多いキャラクターなんです。

三浦 雁さんご自身はどうなんですか? 楽観的なタイプですか?

 楽観的だとは思います。よく「石橋を叩いて渡るタイプかどうか?」みたいな話があるじゃないですか。私は、石橋の前でめちゃめちゃ人に「どうだった?」「叩いた?」って聞いて回って。

それで、ふっと橋を見渡したら「あ、渡れるんじゃないのかなぁ」と思って、カーッと橋を渡り出して「あ、叩くの忘れた!」ってなるタイプです(笑)。しをんさんはどうですか?

三浦 私は悲観的だし、石橋は本当に叩く! 壊す勢いで叩く派ですね。「ほら、壊れたでしょ?」って言って、結局渡らずにスゴスゴ帰ることもあるかもしれない(笑)。

だから葉子さんみたいに、引っ越して3カ月でお金がなくなって弟に借りる、みたいシーンを見ると「ああ、葉子さん、もうちょっと貯めておいて!」って思っちゃう。

あと、この見開きのシーンが大好きなんです。葉子さんの「どこにでもいけます」の表情、まるで仏のようじゃないですか?

『起承転転』1巻より

すごく美しい表情で、悟りの境地に至った感じなんだけど、次のページで即座に「もうやーめた!」みたいに、ゴロ〜っとなっちゃってるんですよね。この短い時間の中で、ものすごい感情の浮き沈みが描かれているところが素晴らしくて、もう最高の見開き!

でも、次のページでは、「このままじゃいけない!」と思って街に繰り出すじゃないですか。そこが彼女の偉いところだなって。私は、このゴロ〜の状態で一日が終わります(笑)。

 こういうときってよくありますよね。「なんかやれる」と思ったのに、振り向いたら「あ、無理だ」みたいになること。

三浦 あります。作中でも、「50歳……ってこういうことか」ってありますけど、一回止めたエンジンが、もう本当にかかりにくすぎるというか。そのとおりだなと思いますね。

 エンジンがかかってもすぐ止まっちゃう。そして、この見開きの葉子と同じように、私は今まさに腰にバリッていうの(サポーター)をつけてます。

三浦 ぎっくり腰になるのは初めてですか?

 4回目です。10年ぶり4回目のぎっくり腰。

三浦 そんな、甲子園じゃないんですから!(笑)

異性を書く自由、同性を書く責任

 しをんさんの作品は、以前、宣伝でイラストも描かせていただいた『ののはな通信』が特に好きです。初めて読んだとき、お話の流れにすごくびっくりしたんですよ。あと『あの家に暮らす四人の女』も大好きです。そういえば、女性を主人公にされることって、あまり多くないですよね?

三浦 たしかに、どちらかといえば少ないほうかもしれません。最近はそんなこともないんですけど、以前は男性を主人公にしたほうが書きやすかったんですよね。自分の理想とか、憧れみたいなものを、男性のほうが乗せやすかったというか。

逆に、女性を主人公にすると、どうしても生きづらさやつらい部分を書かずに無視することができなくて……。自分も女だからこそ、そこは避けられなかったんです。

そうすると、どうしても少し暗い話になってしまい、読者の方が求めているものとは、少し違ってしまうんじゃないかと思っていました。そういう意味で、男性が主人公のほうが書きやすかったんですよね。

 なるほど。それで、巻き込まれ型の男性主人公が……。

三浦 流される、ともいう(笑)。

 流されているように見えるけど、途中からすごく自主的に動き出したり、前向きになったりするタイプ。

私は30歳くらいのころに、『いばら・ら・ららばい』や『かよちゃんの荷物』を描き始めたんですが、それまではずっとBLを描いていたんですよね。で、当時「BLのときは明るい須磨子さんなのに、女性を主人公にすると女の地獄みたいな話ばかり描くよね」って言われていて。

これは、BLというカテゴリの癖もあると思うんですけど、異性を主人公にしていると、いわば“夢の男の子”みたいな存在を描けるんですよね。このくらい善良で前向きな男の子っていいな、っていう理想像を素直に乗せられる。

一方で、女性を主人公にすると、やっぱり生々しい自分が出てしまうというか。女性に向けて女性を描くとなると、「これくらい本当の気持ちを出さないと」という意識で向き合ってる部分があったんです。

でも最近になって、それが逆転してきたというか、溶け合ってきた感覚があります。BLも、女性主人公の等身大の物語も、カテゴリとして分けるのが変なくらい混ざり合ってきていて。それが今、ちょっとおもしろい状態になってきたな、と。

三浦 雁さんの作品を読んでいると、たしかにそういう感じがしますし、自分自身も書いているうちにだんだん混ざり合ってきたな、と思うようになりました。「今なら私、女性の明るく愉快な部分も書けるかも!」みたいな。

 女の人を主人公に据えても、かつて男性主人公でやってきたことと、同じことができる。

三浦 そうですね。それに、希望とかそういうものが女性たちの中にあるのも事実だから。そういう面も、今ならもっと楽しく書ける気がしています。

歳を重ねることで、描きたいテーマは変わるのか?

 私は、描きたいテーマはずっとそんなに変わっていないんですよね。最初の創作が同人誌だったんですけど、当時は「自分が描きたいもの」というより「自分が見たいもの」を描いていた感覚が強くて。

そこから「何を描くか?」という意識に移っていくまでに、わりと長い時間がかかりました。だから、「これを描きたい」と思うものを描き始めてからは、そこまで大きくは変わっていない気がしますね。しをんさんは何か変化はありますか?

三浦 そう言われてみると、私も描きたいことの根幹部分はあまり変わっていないと思います。ただ、それをどうやって小説に落とし込むか?という部分は、書いていくうちに増えてきました。

「こういうやり方もあるな」と、アプローチの選択肢が広がっていく感じです。手癖になってはいけないと思いつつも、表現の手段自体は増えていった気がしますね。

 なるほど。

三浦 でも、増えたからこそ、逆に根幹の部分が見えにくくなっているんじゃないか、と感じることもあります。

たとえば、あまりにもロングスパンなところから攻めすぎていて、核心がどこにあるのか……。自分の中ではわかっているつもりなんですけど、読者の方には少し伝わりにくいのかもしれないなと。そこは、今後の要検討課題かもしれませんね。

 先ほど“手癖”とおっしゃっていましたけど、私はわりとそれがひどく出るタイプなんですよ。手癖で描いてしまう部分がすごく大きくて。

だから、外部要因を増やすというか、無理やり違う舞台を用意したり、主人公を思いきり変えたりしないと、下手すると同じモノローグを繰り返してしまいがちなんです。

三浦 でも、私は雁さんの作品を読んでいて、同じだなと感じたことは一度もないですよ。毎回違うし、どんどん変化している。それでいて、唯一無二だな、と。それはきっと、雁さんがそういう努力をされてきたからなんだろうなと思うのですが。

ただ、漫画家さんは「これ、誰の作品だろう?」ってわからなくなるほど絵柄がガラッと変わることってあまりないじゃないですか。見た瞬間に「あ、雁さんの絵だ」ってわかる。そのこと自体がうれしい部分でもあって。

だから、いわゆる“手癖”って言っているものも、私は手癖とは思わないというか。それも含めて、あっていいものだと思うんです。あるからこそ、読者はうれしいし、惹かれるんですよね。

 たしかに、人の作品を読んでいて変化を感じたときは「あなたのあれが好きで通ってたんですが!?」みたいに、その手癖を求めていた……ということ、ありますよね。

三浦 そうそう。だから、変えようと思っても、どうしても変えられないし。その人の癖というか……。悪い意味じゃない癖が、きっとあるんでしょうね。

作家としてやっていけるかもしれない、と思えた瞬間

 そういえば、私は小中学生くらいのときに「漫画家になろう!」と思って、いや、どちらかといえば「なれるんでしょう?」みたいな気持ちで志したんですけど……。

三浦 やっぱり小さいころから絵がお上手だったんですか?

 そんなことはないです。クラスにはもっと絵がうまい子がいて、自分はちょっとうまいかな?と思うくらい。でも、マンガは小学校2年生くらいから描いていて、ノートをマンガ雑誌に見立てて付録のページみたいなものまで作っていました。懸賞に当たった人の名前まで書いちゃったりして(笑)。

三浦 かわいい! 付録までついてるなんて!

 それで、中学1年生のころに『別冊マーガレット』賞に投稿したんですよ。それで賞をいただいて、そのときに「漫画家になれるのでは?」と思ったんです。

でも、それからほかに楽しいことが増えて、マンガを一切描かなくなってしまって……。そんななかで、16歳くらいで同人誌に出会ったんです。当時は、自分の2世代前の流行りにハマっていて。

三浦 何にハマったんですか?

 『鎧伝サムライトルーパー』が流行っている時代に『キャプテン翼』にハマって同人誌を作ったのですが、全然売れなくて。

三浦 『トルーパー』全盛時代だとすると、そうでしょうね……。

 でも、そのあと、同人誌を何冊か出したときに数冊売れて。合計2万円くらいだったかな? それで「漫画家としてやっていけるんじゃない?」って思いました。

三浦 やっぱり楽観的だわ!(笑)

 「倍々ゲームだ!」と。

三浦 なんで急に半沢直樹みたいになったんですか(笑)。私は29歳のときに、小説家としてやっていけるかも、と思いました。それまでも一応コンスタントに依頼はいただいていたんですけど、まるで本が売れなくて。“重版”って言葉をずっと聞いたことがなかったんです。

でも、29歳のとき『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞をいただいて、重版を経験して「もしかして、これはいけるのでは?」って。

 そこまでのぼり詰めてからの……!

三浦 なんせ、石橋を叩いて壊す派ですからね。

定年のない人生をどこまで走る?「全力で走ったことが心の支えに」

三浦 私たち、定年がないじゃないですか。いつまで続けるか、みたいなことってどう考えていらっしゃいます?

 いつまで続けられるんだろう、とは思いますね。(今回の)トークテーマでもある“残り時間”については、事前にいろいろ巡らせたりしたんですけど、結局あんまり考えきれないというか。相変わらず同じことをやってしまうなって思いますね。

自分の中で、もう選ばないもの、いらないものはわかってきているんですけど、やっていること自体はそんなに変わらない気がします。

三浦 私はもう、いつ仕事を辞めたらいいんだろうってことばかり考えています。なんか、仕事しかしてこなかった人生だなって思うんですよ。

 私もです……。

三浦 それで、「こうしたらもっとよくなるな」っていうのが、何冊も作っていくうちにどんどんわかってくるんですよね。そうすると、「まだやれることがあるんじゃないか?」みたいな欲が出てきて、手の抜きどころがなくなっていって、もうヘトヘト……。

もし60歳定年みたいに区切りがあったら、そこまでだから!ってがんばれる気もするんですけどね。このテンションのまま、もしかしたら80歳くらいまで続けていて、内容は少しずつヨボヨボしているのに、誰も何も言えなくなって「あいつ、ちょっとヤバいよね」とか思われていたらどうしよう、なんて考えたりして。

いや、もう今でもそう思われているかもしれないんですけど。だから「私、いつまで続けるつもりなんだろう?」と考えると、ちょっと自分が怖くなるんですよ。

 全然、そのまま走ってもらえたらありがたいです! ただ、体がね……。

三浦 そう! 体がついていかなくなりつつある感じはあって。いつか限界が来るんだろうな、とは思うんですけど。

それに、こんなに仕事ばっかりしていて「私、バカなの?」って思う瞬間もあって(笑)。いっそ「もう仕事しない」って決めてしまえたら楽なのに!

 その気持ち、すごくわかります。私は40歳くらいのころ、ものすごく仕事を入れていて、月に2〜3本とか描いていた時期があったんです。当時は「仕事が私に来るとしたら、(残り)あと10年くらいじゃないか」って思っていて、それでマンガをしゃかりきに描いていました。

友人たちからは「もう少しペースを落として、一つひとつに力を入れたほうがいいよ」って、すごく現実的でいいアドバイスもたくさんもらっていたんですけど、そのときはとにかく焦っていた。

それこそ『あした死ぬには、』の本奈(多子)さんみたいに、「早く、早く行かなきゃ」っていう気持ちでいました。それから10年経って、今は「あ、これはこのまま、また同じペースで行ってしまうかも……」という感じでいます。

あした死ぬには、(第1話)雁須磨子
『あした死ぬには、』1巻(雁須磨子/太田出版)

でも、あのとき焦ってやったことは、やっぱりよかったな、とも思っています。もちろん、じっくりやったほうがいいこともたくさんあるけれど、一球入魂もできずに、でも全力で走ったこと自体は無駄じゃなかったなって。注意力が散漫なので一球入魂はそもそも向いてないんですよね。

三浦 たしかに、時には「もうこれ、限界超えてるよね」っていうところまでやったほうが、あとあとまたつらいことがあったときに「いや、でもあのとき超えたんだしな」って思える瞬間もあるから。

……この考え、よくないですよね(笑)。なんか昭和のしゃかりき社員みたいな発想だし、やめたほうがいいと思うんですけど。

でも、私は「あのときできたんだから、このつらさもきっと乗り越えられる」って、心の支えになっている部分もあるわけで。……いや、そうやってきた結果、私はこのまま、何もないまま人生が終わる!

 そんなことはない!(笑)

三浦 旅行に行きたい……。まあ、行ってはいるんですけどね。EXILE一族のコンサートで、実はあちこち行っています。

 (笑)。でも、さっきの話は、結局はその人のタイプによるんじゃないかなって思います。だから、私自身は後悔していないですし、しをんさんもきっと後悔はしてないんじゃないですか。

三浦 どうだろう。でも、後悔してないんでしょうね。相変わらずこの調子でやっているってことは。

あとはやっぱりお金の問題ですよね。いつまでがんばるのかって。宝くじで5億円くらい当選したら、ちょっと考えちゃうかも(笑)。

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  • 『起承転転』1巻(雁須磨子/太田出版)

    50代、中年から初老へ。身体の不調、気力・体力・記憶力の減退、若者とのジェネレーションギャップ、親の介護問題、同世代の訃報……など“老い”のあれこれを突き付けられ、“加齢”に向き合う日々。
    そんな50代に足を踏み入れた主人公・葉子の身に起こる「人生の新展開」。
    仕事を辞めること。東京を離れること。何かをあきらめること。
    ──何者にもなれなかった私が、新しい自分と出会う物語。

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ちゃんめい

マンガライター。マンガを中心にエンタメ系のインタビュー、レビューの執筆や、女性誌のマンガ特集に出演。毎月100冊以上マンガを読む。

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