人間は競争から逃れられないのか──京大卒小説家・佐川恭一が語る「就活」と「闘争」

2024.4.15

自分が社会不適合なのではなく、社会が自分に不適合

BOOK COMPASS NEWoMan新宿では『成瀬は信じた道を行く』(新潮社)の隣で大展開

──『就活闘争20XX』では、最初は「就職活動」を引いた目で見ていた主人公の太田がだんだん勝負の世界に没入していく様子がリアルでした。

佐川 太田が最初のほうで就職活動にやる気を見せてなかったところは、まんま僕自身の投影ですね(笑)。周りが急にまじめに動き出して「えっ、みんなやる気なさそうに大酒飲んだり落単(らくたん)自慢とかしてたくせに、いきなりどうしたの?」って感じでした。まあ、騙されましたよね。ほんとに仙人みたいな世捨て人もいましたけど、やっぱたいていの人はスパッと切り替えてくるんで焦りました。

──こうした部分には佐川さん自身の就活観も反映されているのでしょうか。

佐川 他社の話で申し訳ないんですが、集英社さんで連載させてもらってる「学歴狂の詩」ってエッセイがありまして。そこの7、8回で就活体験記を書かせてもらったんですけど、僕はそこに書いたとおり高校から一緒だった同志社の友達と一緒に就活をやったので、それも本作の太田・小寺の設定そのままなんです。

──なるほど! 「学歴狂の詩」にも同志社の友人が出てきますよね。

佐川 就活観ってことでいうと、なんでこんなことしないと会社に入れないんだろうとか、就活で求められるものと仕事で求められることが全然リンクしてないんじゃないかとか、やっぱり就活中はずっとモヤモヤしてました。「なんかおかしかったよな」っていう違和感は今でも残ってて、それは本作である程度言語化していこうと思いながら書いてましたね。

これを読んで「お前は何もわかってない」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、いまの会社というか社会にどっぷり浸かってしまったところから少し距離を置いて考えてみてほしい、という気持ちはあります。僕が社会に対して抱いていた疑問は、本作で極端な意匠を借りることによってかなりの程度表現できたのではないかと思っています。

──就活で理不尽な目に遭ったり、とんでもない目に遭ったりした経験もありましたか?

佐川 僕自身は、はっきり言って就活自体はうまくいったんです。うまくいきすぎたと言ってもいいですね。こんなこと言うと怒られるかもしれませんけど、ちょうど売り手市場だったのもあるし、結局大企業って高学歴大好きなので、自己PRにしろ志望動機にしろ、そこまで突き詰めてもいないのにすんなり決まっていきました。就活の時期は心底疲れましたけど、それは僕が「こりゃおかしいんじゃないか」みたいなことを思いながらやってたからであって、周りの人はもっと割り切ってちゃんとやってたと思います。

──言える範囲で結構なので「こりゃおかしいんじゃないか」と感じたエピソードを教えてください。

佐川 某金融の個別説明会で、人事担当の人が締めのあいさつで「いろいろ言いましたが、ウチに来れば圧倒的な成長を実感できます。最強のスーパーマンになれます。最強になりたい方はぜひウチに来てください」みたいなことを言ってたことがあって、絶対受けんとこって決めたのは覚えてますね(笑)。あとは圧迫気味の面接もありましたけど、学歴のおかげかちょっと返したらそこまで突っ込んでこられませんでしたし、個人的にほんとにひどい目に遭ったなっていう経験は実はないんです。

──そこは京大卒の学歴が効いてくるんですね。

佐川 あっ、あと某社に内定辞退の電話を入れたときはさすがに「今からすぐ大阪来られますか?」って静かにキレてる感じでめっちゃ怖かったんですけど、これは越えなきゃダメな壁かなと思って「わかりました、行きます」って言ったんですよ。そしたら「どのぐらいかかりますか?」って聞かれて、滋賀のど田舎の実家から電話してたんで「二時間ぐらいです」って言ったら「もういい」って言われましたね(笑)。

ただこれは言っておきたいんですが、会社に入ってからは本気でひどい目に遭って、もうなんというか信じられないことばっかりで、その怒りだけで数本長編を書きました。ちゃんと表には出てませんが、そのうち一本をSF作家の樋口恭介さんに読んでもらったらめちゃくちゃ感動してくださってうれしかったですね。

──就職活動よりも、その後のほうが悲惨だった。

佐川 そうですね。なので、どちらかというと社会に出てから受けた無数の理不尽な仕打ちを、就活の段階に反映させることによって本作を作っていったという感じかもしれません。

──ラストシーンで、榊の「勝者や敗者も、その時どきで支配的なルールの中で決まる。本当の勝者や敗者なんていない。それでも、人間は確実なものを求める」という言葉が印象的でした。これまでの執筆活動の中で「競争」をテーマにした作品を多く描いてきた佐川さんにとって、「競争」とはどんなものなのでしょうか?

佐川 競争っていうのは人間という動物の性だと思います。榊の言葉が僕の考えそのものというわけではもちろんないですが、人間はとにかく勝った負けたというのをやったり見たりし続けていないと生きていられない存在なんじゃないかという気がしていて、SNSなんかはその部分をすごく拡大して見せている。この点に関しても、僕自身今後も考え続けていきたいと思っています。

──最後に、いま就職活動の場で戦っている学生にメッセージがあれば。

佐川 就職活動は本当に大変だと思いますが、ひとつ言っておきたいのは、ESや面接で落ちたからといって自分の価値を否定されたと思わないでほしいということです。就活で判定されるのはあなたという人間のほんの一部に過ぎないし、そもそも正しく判定できているかどうかも非常に怪しいものです。自分が社会不適合なのではなく、社会が自分に不適合なのです。そういう気持ちで就活に臨むぐらいでちょうどいいと思います。採用という場の権力の非対称性をひっくり返して、こっちが選んでやってるぐらいの感じを腹の中に持ってください。もちろん表に出ない程度にですが(笑)。

──たしかに、就活で悩みすぎてしまう学生も多いと思います。

佐川 ただ、絶対入りたい大企業があるという方、大企業の肩書を得られなければ我慢できないという方は、可能な年齢であればまず学歴を高めてください。中学受験をしてもいいですし高校受験からでもいいですが、絶対に難関大学に入ってください。この国の就活はそこから始まっています。

僕は某クソデカ企業の難関大限定説明会に出たら、「採用試験の第一段階は受験ですから、みなさんはそこをすでにクリアされています」と言われたことがあります。そういう方はぜひ就活闘争バンダナを巻いて受験も頑張っていただければと思います(笑)。僕はその先の真のエリート界をほんの少ししか垣間見ることができませんでしたが、そこにしかない景色はたしかにあるでしょう。それが良いか悪いかは、ぜひ自分の目で確かめてみてください。社会における闘争をやれるだけやりきった人間にしかつかみ取れないものを目指す、という人生もまたひとつの正解かもしれません。

SUZURI限定『就活闘争20XX』刊行記念バンダナはこちら

関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

Written by

QJWeb編集部

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。