落語家が振り返る『キングオブコント2023』わずかな差を「小道具」が作り出す

春風亭昇咲

文=春風亭昇咲 編集=梅山織愛


サルゴリラの優勝で閉幕した『キングオブコント2023』。90点以下をつけた審査員がいないという史上稀に見るハイレベルな戦いの中で、“小道具”が勝因のひとつになったと、落語家の春風亭昇咲は分析する。

コントという空間の中で、小道具はどんな役割を担っているのか。同じ舞台上でも「扇子」と「手ぬぐい」というふたつの道具しか使わない落語家が、その役割を考える。

いちお笑いファンとして

「イカ箱」の中から、「ペンチピーチ」が現れた瞬間、うねるような笑いが会場を包む。

サルゴリラのおふたりが、王者の座を大きくその手に引き寄せた瞬間でした。

『キングオブコント2023』、今年も最高でした。審査員の方々が口々に仰っていた、近年、稀に見る超ハイレベルな戦い。何を隠そう私も、テレビの画面を食い入るように観ていたお笑いファンのひとりです。

特に私は、靴下ニンジンから姿を変えた「ペンチピーチ」、全裸の背中に乗る「一升瓶」、腹の中から突如、現れた「医師免許カード」など、考え抜かれた“小道具の使い方”に思わず笑い、深く感心してしまいました。

今年の1stステージでは10組中、8組が小道具を使用。その中で、ニッポンの社⻑の『空港』、や団の『演劇の稽古』、蛙亭の『寿司ボーイ』など“小道具”を核にネタを構成されているコンビも多数いらっしゃいました。

「コントと小道具」。血の滲むような覚悟で、決勝に進まれた芸人さんたちのネタを私が批評する。そんなことは到底できません。今日はいちお笑いファンとして「小道具」というひとつに視点を狭めて、話していきたいと思います。

落語家における小道具

申し遅れましたが、私は落語家の春風亭昇咲と申します。

『笑点』(日本テレビ)の司会をしている春風亭昇太の9番弟子で、今年で8年目の落語家です。普段、落語家として活動する傍ら、今年から「神保町よしもと漫才劇場」の作家見習いもしています。小さいころから、とにかくお笑いが大好き。どれくらい好きかというと、かつてお付き合いしていた女性に、「太郎(私の本名)くんは、毎日毎日、お笑いを観るだけの人生で満足なの? 友達がいないの?」と蔑むような目で心配されたことが、複数あるくらい好きです。

そんな私たち落語家は普段、「扇子」と「手ぬぐい」というふたつの道具のみ、舞台に持っていくことが許されています。たとえば、そばを食べる「箸」として、侍の「刀」として扇子を。「本」や「手紙」「財布」などに見立てて手ぬぐいを。つまり、落語に出てくる「すべての物」をそのふたつで表現するのです。

春風亭昇咲
「扇子」を使う筆者

落語は実物の「小道具」がないぶん、動作の美しさやリアルさで観ている側に「想像」させる。つまり、“演者の動作を見る→想像する→笑う”と3つ段階を踏むことになります。お客様は、自分の頭の中で情景をイメージするため、笑いが起きるまで、わずかな時間がかかる。

落語家になった当初、私もとても苦労しました。一つひとつの動作にリアリティがないと観ている側も気持ちが冷めてしまい、お客様の気持ちが離れているのが手に取るようにわかる。いかにそこにないものを、まるであるかのように受け手に想像させることができるか。演者の力量がわかりやすく計られる。そこに落語家としての美学があります。

その一方で、実物の小道具がある現代のコントは、“演者を見る→笑う”とひとつの動作が笑いに直結するわけです。「小道具」を使うことで、笑いを生み出す大きな武器になる。ここが、落語家である私にとってはうらやましいところでもあります。

しかし、小道具を使うことは常にリスクと隣り合わせ。「もしも予期せぬタイミングで落ちてしまったら」、「仕掛けが発動しなかったら」、「うまく取り出すことができなかったら」。客は瞬時に異変を察知し、一瞬で会場に緊張が走ります。

ひとつの動作にかける努力や工夫

大会後、さまざまな芸人さんが話されていた、サルゴリラ児玉(智洋)さんの「冬の筑波山」を持つ手の震え。や団さんの灰皿のずれ。そこを違和感なくカバーし、爆笑を生み出していく姿は、⻑年の経験やこの5分間に人生のすべてを賭けている執念のようなものをテレビ越しに感じて、感動すら覚えました。

特にや団さんの灰皿。日本一を決める『キングオブコント』の決勝という極限の状態で、不自然に見えないようにうまく手首を返し、あの狭い机の上でガラスの灰皿を「皿回し」のごとく回さなくてはならない。10秒ほどの絶妙な秒数、灰皿がくるくると回ってピタッと止まった瞬間、ツッコミを入れて笑いを取る。しかも、そこがネタの一番の笑いを生み出す部分。机から落ちてしまったりしたら、当然一巻の終わり。もし自分がやる側としたら……。考えただけでも手が震えます。「あれだけうまく灰皿を回すためにどれくらい練習したんだろう?」「うまく回らなかった場合、⻑く回りすぎた場合、いろんなパターンを想定して次の展開やフレーズを考えていたのでは?」など、裏での相当な努力や工夫をついつい想像してしまいます。

決勝に残る10組の芸人さんは、我々の想像もできないほど強い覚悟を持って大勝負に望まれているんですね。

数年前の準決勝から、全組爆笑は当たり前。そんななかで、抜きに出た何かを見せつけなければ10組に残ることはできない。いち視聴者の私から見ても、全体のレベルが底上げされているのは目に見えて明らかです。最後の1ピース、ほかと違いを見せるわずかな差を「小道具」が作り出すこともあるのかもしれません。

小道具、BGM、SE(効果音)、衣装。ひとつの事柄に注目をして、芸人さんたちの考え抜かれたネタを観るとまた違った発見があり、よりそのすごさに気づくことができるかもしれません。

とりあえず私は今日から、空き時間を見つけては決勝のネタを繰り返し観返す生活が始まります。こんなに観ているやつはほかにいないだろうと高をくくっていたら、先日、東京03の飯塚(悟志)さんのラジオで、ダウ90000の蓮見(翔)さんが「『M-1グランプリ』 と『キングオブコント』の決勝は、毎年、何百回と観る」と仰っていて、なんだかすごくうれしくなりました。

すでに続々と予選が開催されている『M-1』、芸歴制限がなくなる『R-1グランプリ』、そしてあっという間に『キングオブコント2024』も始まります。これからどんな新しい笑いに出会えるのか、楽しみで仕方がありません。私もみなさんと同じように、お笑いが大好きな大勢の「魚」のひとりなので。

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春風亭昇咲

(しゅんぷんてい・しょうさく)1992年東京都出身。落語家。日本大学芸術学部放送学科を卒業後、師匠・春風亭昇太に入門。2020年「二ツ目」に昇進。落語家として活動する傍ら、モデルエージェンシー「FRIDAY」に所属、2023年から「神保町よしもと漫才劇場」に構成作家見習いとして入るなど、活動の幅を広..

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