なぜ『バービー』“原爆ネタ画像”は生まれたのか? それでも「この映画を観るべき」理由

2023.8.10

(C)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

文=バフィー吉川  編集=菅原史稀


1959年に誕生して以来、時代を超えて少女が遊ぶおもちゃの代表格として君臨しつづけ、今もなお新作が発売されているバービーがついに映画化した。

『トランスフォーマー』の映画化が成功してからというもの、おもちゃ関連の映画作品は急増。『レゴ』や『プレイモービル』につづき『ミクロマン』『ファービー』『ホットウィール』『ベイブレード』『ポーリー・ポケット』『モノポリー』などといった映画化企画も進行中だ。そんななか、『バービー』も映画業界で注目されてきた企画のひとつとなっている。

『バービー』公開前に上がる“期待と不安の声”

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監督を務めるのは、これまで『レディ・バード』(2017)や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)といった、女性の主体性を強く映し出す作品を手がけてきたグレタ・ガーウィグ。この情報だけで、本作が“おしゃれなバービー”のキラキラした日常を描いたような、いかにもティーン向けのガールズムービーでないことは想像がつく。そして実際の仕上がりは、我々の予想の上を行く社会派な内容だったのだ。

バービーを知ってる人にも、知らない人にも観てもらいたい、今年公開作の中でもベスト級のこの作品が、日本でも8月11日から公開。しかしそれに先立って、思わぬ“騒動”で注目を集めてしまっているような現状もある。

ポジティブな映画キャンペーンのはず…悪ノリが深刻な事態を招く

ハリウッドでは劇場映画を盛り上げようと、あるキャンペーンが行われていた。それは『バービー』『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』、そして『オッペンハイマー』といった同時期に公開される互いの作品をそれぞれの主演俳優や監督が鑑賞するという、配給会社の垣根を越えたPRキャンペーン。競合同士が対立するのではなく「全部観ればいい!」というメッセージをSNSなどを通じて発信し、シーンを盛り上げようとする動きだ。

この背景には、現在ハリウッドで起こっているある動きの影響も見て取れる。今、全米脚本家組合と俳優組合は、63年ぶりの同時ストライキを行っている真っ最中(先述のPRが行われたころはまだ脚本家のストだけであったが)。こうした業界の一大危機から、「今こそ映画館に足を運んでもらおう」という願いも込めて、各作品が手を取り合ってPRしていたのだ。

そんななか、本稿で取り上げる『バービー』と、「原爆の父」といわれた理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画『オッペンハイマー』がアメリカで同日公開されたこともあり、これら両極端なイメージを持つ2作品を一緒に観るというムーブメントが巻き起こったことで「Barbenheimer(バーベンハイマー)」という造語まで誕生した。

ここまではよかったのかもしれないが、そのあと悪ノリした一部のファンたちが、原爆のきのこ雲とバービーを合成したネタ画像を作成し、それを拡散させたことで歯車が大きく狂ってしまった。

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そもそもバービーの設計者であるジャック・ライアンは、もともと軍事企業でミサイル設計に携わっていた人物であり、軍事兵器とのつながりがまったくないこともない。あるいは『バービー』に登場するバービーランドの世界観が、『マッドマックス』(1979)のような核戦争で崩壊した文明の行く先という連想もできなくはない。しかし実際、合成画像を拡散させていた人々は、おそらくそこまで考えず軽いノリで盛り上がっていたのだろう。

加えて、それを『バービー』の公式アカウントがリツイートや好意的なコメントをするなどして、拡散の手助けをしてしまったことも強く問題視されたポイントだ。特に被爆国である日本では、原爆をネタにされたという怒りから「作品を観ない」と表明する人が続出するといった事態に発展してしまっている。

宣伝側のミスにより、作品にも批判の声が

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しかし、公式SNSが発信していることだからといって、それが作品や作品関係者の主張と直結するのかはまた別の話であるということも、頭に入れなくてはならない。

基本的に、映画作品のSNSは制作チームではなく、パブリシティが運営するものだ。そのため、映画の趣旨と関係なく「影響力があるから」といって、インフルエンサーの発言を拡散しているという状況はよく見られる。今やSNSは映画のヒットに欠かせないツールのひとつになっているのは、紛れもない事実。そんななかでSNSチームが映画をヒットにつなげるために、何にでもあやかろうという気持ちはわからないでもない。

しかし一方で、今回のような軽はずみな言動がすぐに拡散されてしまうのも事実。『バービー』の公式SNSチームの配慮がじゅうぶんなものだったとは、とてもいえないだろう。

とはいえこうした事態を見過ごすのもよくないことかもしれないが、作品と関係ないところで展開されてしまったものに対して、作品までも悪としてしまい、極端に掘り下げて批判をすることは正しいといえるのだろうか……。

ちなみに『オッペンハイマー』は、『ダークナイト』シリーズなどで知られるクリストファー・ノーラン監督の新作で、紛れもなく反戦・反核映画となっており、けっして核の脅威を茶化した作品ではない。

日本で公開される際には、論争も避けられない作品だとは思っていたが、まさか公開前に、しかも『バービー』を巻き込んでしまうとは思わなかった。もともと映画業界を活性化しようとした平和なキャンペーンが発端となってしまったことは残念でならない。

「『バービー』を観ない」はもったいない⁉

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バービー人形は、1959年に米玩具メーカーのマテル社の創設メンバーのひとり、ルース・ハンドラーによって生み出された最も古い少女向けのファッションドールだ。

その原型となったのは、ドイツの新聞『ビルト』に掲載されていた、戦後のドイツ人男性を相手とした高級娼婦を主人公としたひとコマ漫画『リリ』を立体化した大人の男性用コレクションドールである。こうした背景もあり、当時、少女にその人形を持たせることへ非難が殺到し、マテル社内でもなかなかバービー商品化の許可が下りなかった。しかしルースはまわりを説得しつづけ、バービーの開発と販売にこぎつけたことで、今のバービーが存在している。

その後、バービーは女性の社会進出を象徴するアイコンとされながらも、一方では体型の画一化や設定について何度も論争が巻き起こっており、売り上げ自体も危機的状況になるたびに、モデルチェンジを繰り返すなど紆余曲折ありながら、マテル社はバービーと共に歩んできた。

近年では車椅子に乗ったバービーが発売されたり、今年4月にはダウン症のバービーが発表されるなど、多様性を体現する姿勢へ評価の声が集まる一方で、「コンプラを意識し過ぎている」などという批判も受けたりと、常に社会と共にありつづけている人形なのである。

映画『バービー』は、まさにそうした状況を表した内容となっている。「人々にとってバービーとは?」「マテル社にとってバービーとは?」だけではなく、「バービーにとってバービーとは?」「ケンにとってのバービーとは?」、そして「現代社会にとってのバービーとは?」と、バービーがどんな存在であるかということをさまざまな立場からまなざし、時にはメタ的な視点を織り込みながら、バービーの意義を問う作品となっているのだ。

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そして作中、バービーたちが住むバービーランドは、女性が主体として描かれている。それに対し現実社会は男性主体となっていて、両極端なコントラストを表しているところも大きなポイントだ。

本当の男女平等とはどこにあるのかという命題を、フェミニストの視点から作品を手がけてきたグレタ・ガーウィグ監督が描いていることで、グレタにとっての平等とは何かを自問自答する作品ともなっていて、非常に哲学的である。

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リゾやデュア・リパ、エイバ・マックスといった、そうそうたるアーティストが参加したゴージャスなサウンドトラックや、おしゃれな建造物や小物、ファッションなどアートセンスも高い作品ではあるし、小ネタも満載でライアン・ゴズリングの『ラ・ラ・ランド』(2017)以来となる歌声も聴くことができる。

外側はガールズムービーの要素でコーティングされた作風ではあるものの、その根底で描かれているメッセージは、現代に生きる私たちにとって必要なことである。日本では、出だしこそつまずいてしまった『バービー』だが、先述の騒動によって作品を観ないという選択をすることは非常にもったいないと、間違いなくいえる作品だろう。

『バービー』

2023年8月11日(金)より全国の劇場で公開

どんな自分にでもなれる、完璧で夢のような毎日がつづく“バービーランド”で暮らすバービーとボーイフレンド(?)のケン。ある日突然身体に異変を感じたバービーは、原因を探るためケンと共に“悩みの尽きない”人間の世界へ! そこでの出会いを通して気づいた、完璧より大切なものとは? そして、バービーの最後の選択とは?

監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
脚本:ノア・バームバック
出演者:マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、シム・リウ、デュア・リパ、ヘレン・ミレン、アレクサンドラ・シップ、ウィル・フェレルほか

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バフィー吉川 

2021年に観た映画は1100本以上。映画とインドに毒された映画評論家(ライター)、ヒンディー・ミュージック評論家。2021年9月に初著書『発掘!未公開映画研究所』(つむぎ書房)を出版。Spotifyなどで映画紹介ラジオ『バフィーの映画な話』、映画紹介サイト『Buffys Movie & M..

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