田津原理音「夢のある」優勝『R-1グランプリ2023』採点結果分析。割れた審査から見えた「2つのグループ」
今回で21回目を迎えた『R-1グランプリ2023』(カンテレ・フジテレビ)。最終決戦に残ったのは、田津原理音とコットンきょん。昨年の『M-1グランプリ』で、ウエストランドから「R-1には夢がない」と言い放たれたピン芸人の大会に、改めて大きな夢をもたらした3月4日の夜を、賞レースウォッチャー井上マサキが採点から振り返る。
「夢がない」からの「夢のある」チャンピオン誕生
昨年の『M-1』でウエストランドが「M-1にあってR-1にない」「夢」と断言してから約3カ月。
『R-1グランプリ2023』は、この「夢がない」を大いにフリとして活用した。過去のチャンピオンや決勝進出者のインタビューでは「夢がある大会」「出場が夢だった」と「夢」を散りばめ、オープニングVTRでは「夢追いし者たち」と煽り、MCの霜降り明星せいやは「見てますか? ウエストランドさ~ん!」と手を振った。
決勝に進出した芸人たちには、ファイナリスト経験者をはじめ、他の賞レースで結果を残した者や、すでにバラエティ番組で活躍している芸人たちがひしめく。しかし、そんな強豪たちをかき分けて第21代目王者となったのは、そのどれでもない今大会最大のダークホース、田津原理音だった。
図らずも「夢のある大会」になったR-1を、審査員の採点から振り返りたい。
真っぷたつに割れた審査を分析する
審査員は前回に引きつづき、陣内智則、バカリズム、小籔千豊、野田クリスタル、ハリウッドザコシショウの5名。ファーストステージはひとり100点満点で採点し、上位2名が最終決戦に進む。すべての採点を表にまとめた。
採点結果で目を引くのは、5番目に登場したカベポスター永見だろう。椅子に腰かけ、「世界で1人は言ってるかもしれない一言」を放ちつづけるネタは、野田・小籔が最高点をつける一方、バカリ・陣内は最低点をつけた。採点が真っぷたつに割れている。
採点が割れたのは、1位通過した田津原理音も同じ。ザコシ・野田・小籔は最高点をつけているが、バカリ・陣内はそこまで高くはない。実は前大会で1位通過したZAZYも、同じように点数が分かれていた。試しにこの2組の合計点を別々に集計してみるとこのようになる。
ザコシ・野田・小薮が最も高く評価したのは田津原理音で、カベポスター永見がそれにつづく。一方、バカリ・陣内の1位は寺田寛明で、2位がコットンきょん。両者の評価はまったく異なるのだ。
また、前回バカリズムの採点基準が低いことが話題になった。80点台後半を平均におき、なるべく同点をつけずに採点しているのは今回も同じ。これに加え、今回は陣内智則も同点をつけず、88点から95点まで1点刻みで順位をつけている。
これに対しザコシ・野田・小籔の3人は、自分に刺さったネタに高得点をつけているように見えた。特に小籔千豊は5人の中で最も標準偏差(点数のバラつき)が高く、8組中4組に97点か96点をつけている。
これらをまとめると、現在の『R-1グランプリ』の審査員5名は、「評価するネタの傾向が似ており、かつ同じような点数のつけ方をするグループ」がふたつあることになるのではないだろうか。
それぞれの審査員で採点の軸が異なるのは、多様な視点から評価するためにも望ましいものだ。だからこそ審査員が複数いる意味がある。とはいえ、1点差で緻密に点数を分ける審査員と、点差をつけることで評価する審査員が同じ場にいると、その合計点は後者に傾きやすい。
今回はその結果が如実に表れているように見える……が、そう考えると両グループから支持を得たコットンきょんは、それはそれですごいのではないか。ちなみに披露した『警視庁カツ丼課』は、ラフレクラン時代のネタをひとり用にアレンジしたもの。リハーサルには相方の西村(真二)も立ち会ったそうで、ふたりで作り上げたネタでファーストステージ2位に食い込んだ。
フリップ芸を「カード」にすることで生まれたもの
最終決戦に駒を進めたのは、田津原理音とコットンきょんのふたり。コットンきょんは1本目に引きつづきひとりコントで、「離ればなれになるふたりをリモート会議でつなぎ留める」ネタ。振り返れば、今回のファイナリストでストレートなひとりコントを見せたのはコットンきょんのみ。真剣に友人を引き留める演技力が光る。
田津原理音は、1本目につづきカード開封動画のネタ。同じような内容に見えるが、1本目はバトル系、2本目はトレーディング系とカードの性質が違う。1本目ではダブリのカード(稲妻と呼ばれし男)をジャマ者扱いするが、2本目ではダブリのカード(エースで四番の彼)もしっかりファイルに納められていたりする。
基本的にはフリップネタなのだが、「カード」にすることで次々めくれるので、フリップよりスピード感が出せる。また、カードの内容(「30歳越えてからタバコ始める男」の守備力が異様に低いなど)には特にツッコまないのもポイント。1本目ではただただ捨てられていくカードがあったり、2本目では「エースで四番の彼」のタオル色違いがびっしりファイリングされていたりするが、触れないことが逆に笑いにつながっていた。キラカードのクオリティが無駄に高いのもなんだかおかしい。
最終審査はひとり1票による投票。ザコシと野田が田津原理音に、小籔とバカリがコットンきょんに票を入れる。一斉投票だったのに、ひとりずつ開票したためなぜか陣内が最後の鍵を握るように見えてしまう一幕もあったが、結果は3-2で田津原理音の勝利! ダークホースからの優勝を決めた田津原は「どんな人生!?」と咆哮した。
「そういうところだぞR-1!」
……と、『R-1グランプリ2023』はこれで終わりなのだが、この日は直後に『ENGEIグランドスラム』の生放送があり、R-1とのコラボが実現。R-1のスタジオにENGEIのMCである岡村隆史が乱入して、田津原理音を連れて行く。さらに『ENGEIグランドスラム』のトップバッターは、「R-1には夢がない」と言い放ったウエストランド……!
その漫才は「僕R-1大好きですから」と口火を切る井口(浩之)を、河本(太)が冷ややかに見つめるところからスタート。そのうち井口は「夢があります夢がありますって、当てつけのように言いやがって」と悪口が始まり、「そういうところだぞR-1!」と言い放つ。
「夢がない」がフリになったR-1だが、そういえば『R-1グランプリ』にリニューアルした2021年は、生放送に要素を詰め込み過ぎて大幅に時間が足りなくなり、次の2022年に「時間がない」がフリになっていた。時間がない、夢がない、次は何がなくなるのか……というか、芸人たちの人生を変える場として、ネガティブなフリがなくても盛り上がりますように……と祈るばかりである。
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