お見送り芸人しんいち涙の優勝『R-1グランプリ2022』採点結果分析。バカリズムの点数が低いのは「厳しい評価」じゃない

2022.3.7
R1 2022

文=井上マサキ イラスト=まつもとりえこ 編集=アライユキコ


今回で20回目を迎えた『R-1グランプリ2022』(カンテレ・フジテレビ)。最終決戦に残ったZAZYとお見送り芸人しんいちは、結果発表と同時に座り込んだ。ひとりは無念さのあまり、そしてもうひとりは、喜びのあまり。泣きじゃくり、涙をぬぐい、トロフィーを受け取ったのは、お見送り芸人しんいちだった。昨年よりファイナリストと審査員を減らし、進行にも余裕が生まれた大会を、賞レースウォッチャー井上マサキが採点から振り返る。

ギリギリの戦いをくぐり抜けたお見送り芸人しんいち

『R-1グランプリ2022』の審査員は5名。前回から引きつづき審査員を務める陣内智則、野田クリスタル(マヂカルラブリー)、ハリウッドザコシショウと、今回が初の審査員となるバカリズム、小籔一豊。すべての採点を表にまとめてみた。

『R-1グランプリ2022』審査員採点結果。表中の赤字がその審査員がつけた最高点。青字が最低点。審査員・ファイナリストごとに平均点と標準偏差(点数のバラつき)も算出した。作図/井上マサキ
『R-1グランプリ2022』審査員採点結果。表中の赤字がその審査員がつけた最高点。青字が最低点。審査員・ファイナリストごとに平均点と標準偏差(点数のバラつき)も算出した。作図/井上マサキ

採点を振り返ると、優勝したお見送り芸人しんいちは、何度もギリギリの戦いをくぐり抜けていたことがわかる。

ファーストステージの採点を見ると、お見送り芸人しんいちに最高点をつけた審査員は、実は誰もいない。それでも合計では463点をマークし、吉住と金の国・渡部おにぎり3人が2位で並ぶ。ちなみにこの時点で、1位のZAZY(464点)とは1点差しかない。これがひとつめの「ギリギリ」だ。

最終決戦に進めるのは2組のため、2位の3人から、審査員5名による決選投票によってひとりを決めることになる。ここでザコシ・野田はお見送り芸人しんいちに、小籔・バカリは吉住に票を入れた。ファーストステージの各自の採点を見ても、「2位の3人のうち最も高い点数をつけた組」と投票結果は一致している。

ただ陣内は、金の国・渡部おにぎりに最高点をつけたにもかかわらず、お見送り芸人しんいちに投票した。陣内は最後まで投票に迷っており、「これ、得点では決まってるんですけど、もう1回見たいというのでもあるんですよね?」とMCに確認している。ネタ単体の採点ではなく、「もう1回見たいのは誰か」という評価軸で考え直した結果、お見送り芸人しんいちの最終決戦進出が決定した。これがふたつめの「ギリギリ」。

最後のギリギリは、最終決戦の審査結果だろう。意外だったのは、1本目でZAZYに最高点をつけていたザコシと野田が、お見送り芸人しんいちに投票していること。その真意は番組内で聞けなかったが、最終的に3-2の「ギリギリ」を制し、お見送り芸人しんいちの優勝が決まった。

1本目で1点足りなかったら、決選投票で「もう1回見たい」と評価されなかったら、最終決戦で誰かひとりが相手に入れていたら。そして、そもそもラストイヤーで決勝に残れなかったら……。お見送り芸人しんいちは、いくつものギリギリを渡り歩き、無事に優勝を掴み取ったのだった。

バカリズムの点数が低いのは「厳しい評価」ではない

さて、今大会をピリッとさせたのは、トップバッターのkento fukayaにバカリズムがつけた「84点」だろう。

他の審査員が90点台前半をつけるなか、その採点はとても低いように感じる。その後もバカリズムは80点台の採点がつづく。最高点は吉住につけた「91点」だったが、これは他の審査員にとって最低点に近い。放送を見ただけでは、バカリズムだけが異様に厳しい評価を下していたように見えるかもしれない。

だが、すべての採点を振り返ってみると印象が変わる。バカリズムはひと組も同じ点数を付けることなく、84点から91点まで1点刻みで、しっかりと全組に順位をつけているのだ。平均点が低いだけで、自分の基準に沿って採点をしていることがわかるわかる(ちなみに松本人志も『M-1グランプリ』や『キングオブコント』では全組を1点刻みで採点している)。

その「基準」は審査員コメントに表れている。「84点」をつけたkento fukayaには「舞台上の本人以外の要素(音声やイラスト)があまりにも大きかったかな」と指摘。他の審査員が高評価をつけたZAZYには、前半の流れを評価しつつも「最後の歌の部分がごちゃごちゃして……もうちょっとリズムと合ってたら」と違和感を見逃さない。一方で、最高点をつけた吉住には「細かいところまで丁寧に作ってある」と評価。そこには一貫して「作り手目線」があることが窺える。

もう1人、「作り手目線」のコメントが印象的だったのがハリウッドザコシショウだ。YES!アキトには「ギャグの羅列は僕も体験しまして」と爆発力とアイデアの必要性を説き、ZAZYは「芸人はファーストインパクトが大事」と高評価。寺田寛明には「大喜利力だけでなく、テレビを見ている人を意識する何かが欲しかった。人間力というか」と、芸人としての佇まいにまで踏み込む。そのコメントは審査の枠を越え、若手に自分の経験を伝える熱量をも感じさせた。

「時間がないR-1」から「スッキリ見やすいR-1」に

リニューアルが行われた前回は、とにかく慌ただしい生放送だった。2時間の放送枠に対してファイナリストや審査員が多く、ツイッター審査といった不確定要素もあり、見ている側も「時間がないんだな」とわかるほど。暫定ボックスのレポート担当だったおいでやす小田が1時間以上カメラに映らず、「わし、いらんやないかい!」と吠えていたのも記憶に新しい。

ただ、お笑いの世界は失敗を笑いに変えてくれるもの。「時間がなかったR-1」は、あちこちで話のネタになり、大会前の「フリ」として機能した。遂には『R-1』公式が新聞のラテ欄に「今年は絶対に巻かない」と縦読みを仕込むまでに。番組オープニングでも、MCの霜降り明星が「今年はサザエさんの時点で押してる」と笑いに変えていた。

もちろん、ただ笑いに変えるだけでなく反省も活きている。ファイナリストや審査員を減らし、敗者復活ステージは前日にすませるなどして、進行に余裕が生まれていたのだ。

審査員コメントや敗者コメントをちゃんと聞けるようになったのは素直にうれしいし、プレゼントキーワードやスタジオゲストといった余分な要素もないので、スッキリと見やすかった。余裕が生まれたからこそ「同点3人の決選投票」も対応できたのだろう(前回の慌ただしさで決選投票になったらと思うとゾッとする)。

番組の最後、20代目の王者となったお見送り芸人しんいちは、震える声で「10年以上の先輩もめっちゃおもしろい方いっぱいいますんで、ライブとか来てほしい……」とコメントした。優勝会見では「(ネタには)『R-1』に出られなくなった方の思いがかなり乗っていた」と話す。あんなに悪いネタやってたのに先輩思いのいい人……! だがこれも、最後に「好き~」とつければ許される、あのネタと同じ術中にハマっているだけかもしれない。

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