お笑い芸人として活動しながら、キャバクラで働いていた経験のある、本日は晴天なり。
今回は変わったお客さんが多いキャバクラの中でも、特にインパクトが強かったお客さんを紹介。約10年間勤務していた彼女でも衝撃を受けた風変わりなおじさんとは──。
懸賞おじさん
このおじさんは誰も指名していない“フリー”の、お客様だったのだが、毎週水曜と土曜にやってきて必ず3時間いるので、指名がなくて暇な子はみんなまとめて2、3人でついたり、とにかく代わる代わるこのおじさんの席に送り込まれた。
いつも同じエコバッグに雑誌の切り抜きを入れて持ってきては、キャバ嬢たちにその雑誌の懸賞を応募させるのだ。
毎回持ってくるその切り抜きの量は、控えめにいって辞典くらいの厚みがあった。バックは薄めのナイロン製なので持つ部分がギッチギチになっており、いつちぎれてもおかしくない状態だった。
最近の懸賞はQRコードを読み込んでスマホで応募できるので、そのお客様の席についたら、その場でスマホを出して黙々と応募する。
最初は、接客中にスマホを出すのはマナー違反な気がするし、メールアドレスや住所を入力したり、膨大な量のアンケートに答えるのがめんどくさいので「あとで応募しますね!」と言って濁していたのだが、「この切り抜きはあとから来る子たちにも応募してもらうから君にだけあげられない、ここで応募してくれ!」と言うので、その場で入力するスタイルが確立された。
傍から見たら、お客様そっちのけでスマホをいじるキャバ嬢。かなり印象が悪く見える光景だったが、会話より応募を優先させられた。
スマホが手元になく応募しない子がいると「なんなんだ、あの子は!」と文句を言ったりもした。全員が黙々と応募していてあまりにも無言がつづいたので、さすがにこれはマズイと思い、思わず話しかけたら「話はいいから応募しろ!」と促してきた。
クオカードや図書カードが当選すると、懸賞おじさんに報告する。私も一度だけ図書カードが当たり報告したのだが、おじさんはそれがとてもうれしいようだった。
QRコードの打ち込みが終わると「こっちは応募券を貼りつけてハガキで応募するやつだから!」と切り抜きを渡してくる。ついでにグラビアやアイドルの切り抜きも「こういうの見る?」と渡してくる。手元は雑誌の切り抜きだらけに。
自分が購入した雑誌を余すところなく活用したいのだろうか?
以前、キャバ嬢がその切り抜きをカウンターに置いておいたところ、ボーイがゴミと間違えて捨ててしまい、大激怒したことがある。それからは、その切り抜きを自分のバックに入れるまでしっかりチェックされるようになった。手元に持ったままでいると「今すぐバックにしまってきなよ」と促される。「あとでしまいます」と言っても「いや、捨てられちゃうから。今、しまってきて!」と、かなりトラウマになっていた様子だった。
懸賞おじさんは数万円払って会話もせずに切り抜きを渡して懸賞に応募させて、何が楽しいのだろう? しかも、ほかの曜日はまた違うお店に行き、そこでも懸賞を配ってるとのことだった。しかし、自分では応募しない。あくまでもキャバ嬢にやらせてあげてるのが気持ちいい、といった印象だった。
懸賞の応募がすべて終わると、今度は新聞に掲載されているナンプレやクロスワードパズル、間違い探しの切り抜きを胸ポケットから大量に出してやらせてくる。
これが意外と厄介で、答えがわからず困っていると「なんでこんなのもわからないんだ!」「簡単だろこんなの!」と、なかなかの勢いで罵倒してくる。ほかのおじさんたちと違うのは、罵ることで気持ちよくなるタイプなのではなく、ただ単純に早く解かせて次のクイズをやらせたいという点。このおじさんは本当に、懸賞やクイズを消費することに呪われているのである。
一度、普通の会話をした際に家が近所なことが判明すると、連絡先を聞かれた。コロナ禍でお店が休みのときに懸賞おじさんから「懸賞持って行こうか?」というメールが届いた。(相手はガラケーなのでLINEではなかった)
どう返していいかわからず無視してしまったら、緊急事態宣言明けにお店で会ったときにくどくどとそのことを怒られ、私は真心ゼロの「ごめんなさ~い!」を繰り返すことになった。
ひたすら一途おじさん
お店のナンバー1のお姉様のところに毎日通う一途なおじさんがいた。
しかし、お姉様はほかにもたくさんの太客を抱えているため、そのお客様の席を空けることが多かった。そんなとき、指名が少なくいつも暇な私は、よくヘルプでこのおじさんのところにつかされた。
一途おじさんは一途なので、ヘルプのキャバ嬢は心の底から興味のない対応をされる。私はとにかく質問した。お姉様以外に興味はないが無視されるわけではないので、こちらがした質問には積極的に答えてくれた。
お姉様が本を読むのが好きだからという理由で速読教室に通っていること。速読は姿勢が重要だから、そのための高額なクッションを購入したこと。速読合宿に参加しようか悩んでいること。お姉様は歌が上手なので、カラオケの採点ゲームで負けるのが悔しくてボイストレーニングに通っていること。カラオケはお姉様としか歌わないこと。
話を聞けば聞くほど、どこまでも一途だ。いろんな習い事をしているようだったが、そのすべてがお姉様を原動力にしていた。
そして驚くべきことに一途おじさんは、店で水しか飲まない。体を壊し、何年も前にお酒をやめたとのこと。
ファミレスのドリンクバーですら4杯は飲まないと損した気持ちになる私からしたら、1時間で1万円近くかかって水しか飲まないなんて……。この人、お金でお尻を拭くレベルのお金持ちか?と本気で思っていた。
お姉様に会いたい、ただそれだけで、水しか飲めなくても店に来ていたのだ。それも毎日。
一途おじさんは、一途おじさん専用のバカデカいピッチャーみたいなグラスに氷を満タンに入れてキンキンに冷えた水を飲むのがこだわりだった。お店にお客様専用のグラスがあるわけでなはい。毎日通うからこそのVIP待遇だ。
お酒を飲むわけでもお茶を飲むわけでもないので、お店側が彼にできるサービスといったら、彼が所望するバカデカグラスを置いておくことくらいだった。
そんな水しか飲まない一途おじさんが唯一、水以外のものを口にした瞬間を目撃したことがある。それはお姉様お手製のハーブティー。泣けてくるほど一途だ。
しかし、ある日突然、お姉様が店を辞めた。理由はわからないが、忽然と姿を消した。
もしかしたら、恋人がいて結婚したのかもしれない。もっというなら、すでに結婚していたのかもしれない。理由は何もわからないが、とにかくお姉様は辞めた。
お姉様を指名していた何人かのお客様はそのあと、別の子を指名する人もいたが、一途おじさんだけは一度もお店に来ることはなかった。
ノンフィクションなので、このふたりの最後を明確に伝えられず申し訳ないが、キャバクラではよくあることだ。
逆おもてなしおじさん
文字どおり、おもてなしする側であるキャバ嬢をもてなしてくれるおじさんだ。
彼はいつも、これから旅行でも行くのかってくらい大荷物だった。指名のお姉様用のブランケットや、お姉様が涼む用の卓上扇風機、低反発クッション(というか、もはやリクライニング式ミニ座椅子みたいな)、お菓子にジュースにおつまみ、尽くしグッズを多数取りそろえて来店していた。
一途おじさんのバカデカグラスとは規模が違うので店に置いておくわけにもいかず、逆おもてなしおじさんは来店するたび持ち込んでいた。
お姉様に万全の過ごしやすさを提供し、ふたりでどんなふうに過ごすかというと、大きめのタブレットでアニメや映画を鑑賞していた。
ふたり共イヤホンをして、無言でアニメや映画を何時間も観つづけるのである。もちろん、大きめのタブレットもお客様が持参。(ゴツめの卓上ホルダーも込み)
ほんのたまにお姉様側から感想を話してるそぶりも見せるが、基本的にはふたり共無言だった。まわりのお客様もその様子に気づき「あのふたり、話してないけどいいの?」と尋ねられたりもしたが、大きなお世話&外野は黙っとけである。
逆おもてなしおじさんは、お姉様がほかのお客様のところへ行っても、ヘルプの子がつかなかった。以前のコラムでも書いたが、基本はお客様をひとりぼっちにする時間をできるだけ少なくするためにヘルプ嬢がいる。そのヘルプ嬢がつかないということは、お客様が「必要ない」と言っている以外あり得ないのだ。
私は以前、彼が足しげく通い始める前、つまり指名のお姉様と運命的な出会いを遂げる前に一度だけ接客したことがある。そのときは、おすすめのYouTube動画を感想を言う暇もなく次々と観せられた。そしてひとしきり動画を観せ終えたあと「どうしよう、もうおもしろい動画なくなっちゃったなぁ……」とつぶやいたのを覚えている。そしてそれが、私が聞いた彼の最後の言葉である。
それ以降、毎日のように見かけるものの、声を聞くことはなかった。
ここからは私の憶測なのだが、きっと彼はコミュニケーションを取るのが得意ではないから、楽しい動画を共有することによって相手に楽しんでもらいたいという気持ちが強いのではないのだろうか?
だから、自分の指名しているキャバ嬢にも好きだからこそ楽しんでほしくてずっと一緒にアニメや映画を観ていたのだろう。
もしかしたら、ほかのお客様と会話して疲れているだろうから僕の席では無言で家みたいに過ごしていいんだよ、という気持ちからの思いやりかもしれない。
しかし、このお姉さまも辞めてしまったので、この恋の行方は誰にもわからない。キャバクラには、アマプラやNetflixに匹敵……とまではいわないが、切ない恋愛ドラマはあふれている。しかし最終回はいつも、ちゃんと見届けることはできない。
呼んだら来るおじさん
私にもついに、いつでも来てくれるおじさん到来の予感!
長身のショートヘアが好みだということで、都内某所の大地主に見初められたことがあった。店のオーナー曰く「あの人は本物の金持ちだよ!」とのこと。完全に余談だが、見た目はこがけんさんにそっくりだった。
私はそのお客様に「呼んでくれたらいつでも来るから」と言われた。お客様を自分の意のままに操り、お店に来てもらうのが一番の理想。“呼んだら来る”なんて最高じゃない!!と心が躍った。
しかし、そのお客様は「その代わり、そのときは店終わりで飲みに行こうよ」とつづけた。
これくらいは想定内。前にコラムで綴った“親と同い年おじさん”からの誘いだったら、アキレス腱を自ら切ってでも行けない理由を作ったが、このお客さんは大地主で、おしゃべりも上手で紳士的で嫌な感じがしないし、何より呼んだらいつでも来てくれるというお客様なので大切にしたいという気持ちがあり「終電ないからタクシー代くれるなら行くよ」と伝えた。
大切にしたいのにタクシー代はせがむんかい!と思う方もいるだろう。このひと言でげんなりする方は多いかもしれないが、自分が一方的に好意を寄せている人と終電がない時間まで飲むならこれくらいは普通だと思っていてほしい。
そして私は、飲みに付き合ってあげる対価としてお金が欲しいわけではない。本当にただ純粋に家に帰りたいだけなのだ。
30代前半まではいただいたタクシー代はなんとしてでも使わずに始発までファーストフード店で時間を潰したり、根性で歩いて帰ったりもしたが、30代後半はとにかく家で安らかな休息を得たい一心だった。ただそれでも自腹を切るほどの余裕はないので、初めから正直に直談判。
これを渋るようなら、“呼んだら来る”もそもそも疑わしい。呼んだら来る人は息を吸うようにタクシー代をくれるものだろ?と、私の思考もちょっとおかしくなっていた。
彼は「もちろんさ! そんなの当たり前だよ!」と言った。洋画の吹き替え版でしか聞かないようなテンションで返事をもらった。スマートな方だ。これがオーナーの言う本物のお金持ちってやつか!
実際、その約束をした2日後、呼んだら本当に来てくれた。万歳! 夢が叶った!
その日、店終わりで約束どおりアフターへ。2軒ほどBarをハシゴし、とりとめもない話をしたが、その間に彼は勝手にベロンベロンになっていた。
帰り際、立ってるのかどうかも判断できないほどぐにゃんぐにゃんになった彼はろれつ無回転で「ひゃあ、ほぐふぁ歩ひて帰えりぇるひゃらふぁふぁへ(じゃあ、僕は歩いて帰れるから、またね!)」と、タクシー代のことなどすっかり忘れて(というかシンプルにベロンベロン)自分だけ徒歩圏内だからと帰ろうとした。
一瞬、このまま別れようか悩んだが思い切って「タクシー代ください!」と呼び止めると、こがけんさんにそっくりな彼は両手を広げ今にも“オーマイガー!”と言いそうな顔で「やっぱり君も金目当てだったんだね」と、5000円を渡してきた。ろれつも回っていた。
いやいやいやいや、私、言ったよね?! そんでもって、5000円じゃ帰れない距離に住んでるんだわ!と心の中で叫びながら「ありがとう! 気をつけて帰ってね!」と見送った。彼は振り向かず千鳥足でふらふらと消えていった。
私は2駅歩いてタクシーに乗車。お礼のLINEをしたものの、それ以来既読すらつかなくなってしまった。
5000円と引き換えに、呼んだら来てくれるおじさんは一夜にして幻となった。
キャバクラに来るお客様は、イラっとさせてくるおじさんばかりではない。斜め上を行く言動に戸惑いつつも、愛しささえ感じるおじさんたちだ。私は彼らのことを総称して、不思議ちゃんおじさんと呼んでいる。