花譜は観測することで存在する。武道館公演『不可解参(狂)』はいろいろな意味で“狂った”ライブだった

2022.9.6
花譜/武道館公演『不可解参(狂)』より

文=たまごまご 編集=田島太陽


バーチャルシンガーの花譜は、曖昧な境界線で区切られた二面性によって、魅力を増しているボーカリストだ。「バーチャルな存在」と「リアルの人間」。「場を飲み込む歌唱力の魔女」と「内気な未成年の女の子」。不可解で不安定な彼女の活動を、観測者(花譜のファンのこと)は観測しつづけてきた。

そして2022年8月24日(水)に日本武道館で行われたライブ『不可解参(狂)』では、「狂」にまつわる新たな二面性を観せた。「MADなほどの表現」と「観測者との『Crazy for you』な関係」だ。

今回のライブは花譜の所属するKAMITSUBAKI STUDIO最大の挑戦であり、技術と表現の集大成だった。花譜にとっても14歳から4年間の活動の集大成でもあったが、同時に自身の思いを歌詞に綴って初めて表現した、彼女の活動の「序章の終わり」ともいえるライブになっていた。

みどころがあまりにも多いので、すでに観た人もまだの人も、販売されているアーカイブをぜひ何度も観測してほしいという思いを込めて、ライブのレポートを記したい。

会場を花譜の世界にする光の用い方

花譜のライブ、ひいてはKAMITSUBAKI STUDIO所属メンバーのライブは、光の使い方へのこだわりが非常に強い。今までも背景で流れる映像を曲ごとに作成し、それに合わせた歌詞のタイポグラフィを投影。シンガーの眼の前で文字が踊るような映像演出が行われていた。

今回も巨大なタイポグラフィが浮かび上がる演出は健在。会場の人は存分に「言葉」の迫力を味わえただろう。加えて今回は床面が光で彩られる演出も追加された。舞台の情報量が、1回観ただけでは把握できないほど多い。

加えて今回は初めて無線ペンライトが使用された。曲やリズムに合わせて無線で操作され、色が一斉にそろうものだ。これによって配信の引きの映像では、会場の光も曲の演出の一環になった。会場の観測者たちもまた、配信で観ている観測者の観測対象になった。

ARを駆使したバーチャルな存在・花譜の観測

花譜/武道館公演『不可解参(狂)』より
花譜/武道館公演『不可解参(狂)』より

配信でのみ観ることができる映像表現として、AR(拡張現実)が使用された。うしろからのカメラでは、観客の目の前に立って歌う花譜の姿が見られる。斜め上からは床に影を落としながら揺れる花譜が見られる。

近年VTuber・VSingerのライブで用いられ始めているこのARの技術は、バーチャルの壁である「実在」の感覚を何倍にもふくらませてくれる。加えて今回は、パーティクルライブ演出(空間にVR演出を施して、あたかも実際に現象が起きているように見せる手法)をARで見せる試みがなされている。

「糸」のパートでは歌詞に合わせて、花譜の身体のまわりに無数の糸が舞っていた。「海に化ける」では彼女は水しぶきの渦に飲み込まれている。光の粒が飛び交うシーンや桜が舞い散るシーンもある。花譜の「歌」の存在感を映像で表現する手法だ。

ストリングスとターンテーブルが入った新しい花譜楽曲

今までの花譜ライブは、生バンド演奏が入っているのが売りのひとつだった。今回は新たな試みとして、ストリングス4人とターンテーブルひとりが参加。これによってほとんどの曲が今回のライブの新しいアレンジになっていた。

花譜の歌声が4年前の14歳のときから成長し、味わいが深くなっているのと同じように、奏者陣・ディレクター陣も大きく音を深化させている。かなりモダンに、ダイナミックになった曲ばかりなので、いつかライブ音源CDを発売してほしいと願うばかりだ。

花譜の魔女性と成長を見せるステージ

ここからは披露された曲をもとにライブを掘り下げていきたい。

最初に披露されたのは「魔女」。最初期に公開された人気作品のひとつだ。激しいノリの作品なので、いきなりクライマックスなのではという声すら上がった。

「これが現実だ 楽園を目指した電子の奇跡だ」「今己を証明する言葉に魂はあるか?」という歌詞は、かつてYouTubeに彼女が現れたときのことと、武道館にバーチャルな花譜が降り立ったことを比較して聴くと、「現実」「己」の捉え方はだいぶ変わってくる。

2018年10月にYouTubeに出現した彼女。当時は一般的には「VTuberって何?」「バーチャルなシンガーって何?」くらいの認識だった。彼女はそんななか、歌で、言葉で、魂の存在をひとつずつ刻んでいった。同年12月に300枚だけ発売されたCD『魔女』はその歩みの序盤に当たる、観測者が花譜の魂を観測し始めた時期のとても大切な作品だ。きっと会場には、その限られた枚数のCDを持っている観測者もいるはずだ。

つづいて「畢生よ」「夜が降り止む前に」「ニヒル」「アンサー」と、詩の朗読を挟みつつメドレー形式でつづく。「畢生よ」は山田悠介の小説『俺の残機を投下します』のプロモーションビデオのテーマソング、「夜が降り止む前に」は映画『ホットギミック ガールミーツボーイ』の主題歌、「ニヒル」はゲーム『モナーク/Monark』のテーマソング、「アンサー」は『ブラッククローバー』の11期エンディングテーマだ。社会に影響を及ぼしてきた、彼女の今までの歩みを見せてくれたパートだ。

そしてここで、配信を観ていた観測者たちが驚き、コメント欄が加速した曲が披露される。「命に嫌われている」のカバー。カンザキイオリの代表曲だ。花譜のオリジナル曲ではないがカバーMVは出しており、以前のライブでも春猿火(はるさるひ)と一緒に歌っている。

彼女がソロでこの曲を歌うたびに、特別な意味があるように思えてならない。「少年だったぼくたちはいつか青年に変わっていく」というカンザキイオリの世界観を表す歌詞を、かつて少女だった花譜は武道館という舞台に立ち、青年になった年齢で歌う。

今回彼女自身が解釈を加えた歌い方は、まるで祈りのようだった。まるで絶叫のようだった。「君が生きていたならそれでいい そうだ 本当はそういうことが歌いたい」「生きて生きて生きて生きて生きろ」のパートの感情の激しさは、聴く人がのけぞるレベルの迫力だった。

歌い方によって多様な意味を含ませることができるこの作品を、彼女は腕を振り上げ「武道館!」と叫びながら歌う。彼女はこの作品を熱量のあるポジティブなアンセムとして捉え、会場を激しく鼓舞した。「生きろ!」を高らかに叫ぶ彼女の声は、この後につづくライブに火をつける。

ここまでが突き進むアーティスト花譜の作品群だとしたら、次からはいったん「少女・花譜」の歌がつづく。「私論理」「戸惑いテレパシー」は2020年の作品。彼女が高校生活真っただ中だったころのみずみずしさあふれる、ノリのいい楽曲だ。

その後につづく作品が「糸」。花譜が「私の始まりの曲です」と述べたように、2018年12月、まだ14歳のときに投稿されたこの作品は、彼女の最初のオリジナル曲だ。

MVを観るとこれが最初とは思えないくらい、歌に深みがあり大人びている。同時に、今と比べて声のトーンが高いのもすぐわかると思う。今回のライブの「糸」も若々しい感性はそのまま残っている。歌唱力は格段に上がりつつも、変わっていない強い思いが感じられた。

大きく異なるのは、ラストの「どうか私を 気づいて 笑って解いて」の部分だ。MVでは「糸(意図)」を「解いて」というパートに、逃げられない不安感がある。一方ライブでは彼女は自分で糸を「解いて」いる。AR映像でも彼女の糸が解ける演出が入っており、コメント欄からは驚きの声が多数上がった。4年の活動の中で彼女は、自分を縛る「糸」を、自身の力で解くことがもうできていたのだ。

その後、花譜の音楽的同位体「可不」が登場。花譜の声を使用した音声合成ソフトのAIだ。声は花譜の一部だけど、花譜ではない、という不思議な存在で、市販されているので誰でも可不に歌わせることができる。

「こうして隣に一緒に並ぶと、私たちってよく似てますね」。横に並んだ可不に対しての感想は「とっても白いですね」。思わず本人も笑ってしまっていた。脱力感あふれるトークをする花譜は「魅了する歌姫」から一気に「内気だった女の子」に戻った。

可不と花譜が披露したのは「化孵化」「流線形メーデー」の2曲。自分と自分の同位体が歌う、同じ声でまったく違う表現のユニゾンは、バーチャルならではのおもしろさがあるのでぜひ聴いてみてほしい。今回は2曲だけだが、YouTubeには「フォニイ」「マーシャル・マキシマイザー」などのデュエットMVもアップされていて、こちらもユニークな表現になっている。

武道館で改めてその存在をはっきり形にした

この記事の画像(全15枚)


この記事が掲載されているカテゴリ

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。