年齢を重ねるVSinger「花譜」とは何者か? 高校卒業、武道館公演、成長を観測する独自のスタイル

2022.9.7
花譜

文=たまごまご 編集=田島太陽


8月24日(水)、日本武道館にてバーチャルシンガー(以下・VSinger)花譜の3rdワンマンライブ『不可解参(狂)』が開催された。武道館ワンマンライブはVTuber・VSingerとしては初だ。

花譜とそのスタッフは、今までの数回のライブで数多くの挑戦をしてきた。そのたびにシンギュラリティといって差し支えないほどの、新しい表現を開拓しつづけてきた。

彼女はVSingerとしては少々異質な面がある。花譜は年を取るVSingerであり、現実にいる人間の少女が「花譜になっている」と明言していることだ。これはVTuber全体を通してもあまり多くない活動スタンスだ。

武道館ライブを成功させたバーチャルな存在の花譜という少女が、どのような表現活動を通じて成長を見せてきたのか追っていきたい。

謎の少女としてのデビュー

花譜が初めての動画をアップしたのは2018年10月18日。VTuberが一気に増えつづけたカンブリア紀を過ぎ、VTuberという文化がなんとなく理解され始めていた時期だ。

彼女のデビュー時にアップされた動画は、情報量がかなり抑えられていた。バーチャル世界とリアル世界を行き来する少女。見た目は幼い。目の色も特徴的だ。

公開された初のオリジナル曲「糸」。曲はカンザキイオリ。「命に嫌われている」で2000万再生を達成しているミュージシャンだ。意味深な歌詞とカンザキイオリ節の効いたメロディを、とても耳に残る個性あふれる歌声で歌う。泣いているのか、喜んでいるのか、訴えているのか。複雑に感情の入り組んだ表現を、みずみずしくも大人びた歌声で披露した。多くの人が、彼女の表現力に度肝を抜かれた。

つづく「心臓と絡繰」で人気はさらに高まった。カンザキイオリのファンたちからも、彼女の歌が好きになったという旨のコメントがちらほら上がり始めた。このMVは現在540万再生を超えている。

正方形に切り抜かれたMV。舞台はVRの世界と現実世界の両方。こうなるとますます彼女の素性がわからなくなる。子供らしさと成熟感、プロっぽい技術とアマチュアっぽい挑戦が入り交じる花譜の歌はどんどん話題になり、VTuberファンの間では瞬く間に有名な存在になっていった。ファンは「観測者」と呼ばれ、花譜の活動を見守ることになる。

等身大の女の子へ

「15歳になりました」

2019年1月11日にアップされたこのたったひと言の動画が、彼女を一気にファンタジーではない、生身の少女にした。今までは見た目は幼いけれども歌の内容と表現力が大人びているだけに、浮世離れした存在としても見ることができた。しかし彼女は、中学生の普通の女の子だった。

2019年3月22日。「雛鳥」のMVをリリース。一番最初にアップされた動画で、花譜が鼻歌で歌っていた曲でもある。実写の校舎の屋上で脚をぶらぶらさせている映像は、最初のバーチャルの世界の姿と同じなのも注目したい。曲の最後で涙がひと筋流れる様子は、感情が直に現れている珍しいカットだ。以降の高校生としての活動は、少しずつ生身の少女の視点へと変化していく。

頭身が少し上がっている高校生の花譜。一気にファン側の現実世界に近づいたかのような生々しさが出るようになった。MVの中での歌声は、カンザキイオリの曲との相乗効果で、独特な魅力を放っているのは変わりがない。ただ観測者たちは、高校への不安を語る彼女を観て「成長するひとりの子供」であることをも観測できるようになった。

VTuberは成長する場合も、しない場合もある。というのもバーチャルな身体は本人の思想次第でどうあってもいいからだ。老若男女自由に誰にでもなれるのが、バーチャルの姿の魅力だ。

花譜は成長することを明確化した。それは「中学生の花譜が表現する歌」はもう今後二度と聞けないというキャラクター性への別れでもあり、彼女の成長をリアルタイムで追えるようになるという表明でもあった。

2019年5月17日。初のワンマンライブ『不可解』が開催されることが発表された。恵比寿のLIQUIDROOM、リアルなライブハウスでのライブだ。彼女が、観測者のいる現実世界に降りてくる。

恐ろしく引っ込み思案な才能の原石

2019年6月10日。花譜のプロデューサーから、彼女の活動スタンスに関わる大きな発表があった。彼女は紛れもなく15歳である、という発表だ。これはアクターを明示しないVTuber文化としては異例の発表だった。

プロデューサーが初めて彼女(まだ「花譜」ではない)の才能に出会ったのは、13歳のとき。顔出しに抵抗があるという両親との話のもと、離れていても、顔を出さなくても活動できる「バーチャルYouTuber」のカルチャーを紹介したことで、彼女とスタッフは実際の活動に踏み切ったそうだ。説明文には「彼女は恐ろしく引っ込み思案な性格の“美しい才能の原石”」と書かれている。

引っ込み思案な女の子がその才能を輝かせるために生まれた存在、それがバーチャルな姿のシンガー「花譜」だ。

これを読んで理解した上で、ファーストワンマンライブのクラウドファンディングに参加したり応援をした観測者たちは、彼女の才能を広げるための「共犯者」になった。クラウドファンディングでは500万円が目標だったところ、それを大きく上回る4000万円が集まった。

花譜 #26 「不可解開幕前御挨拶篇」

かくして8月1日に開催されたファーストワンマンライブ『不可解』は、画期的な演出と音楽表現のリアルライブになった。まずステージ上でリアルのミュージシャンとバーチャルなシンガーがひとつのカメラに収まる状態で並ぶことで、リアルとバーチャルを同じレイヤーに置いた。

また花譜とミュージシャンの前で歌詞の文字が舞い踊るタイポグラフィの視覚効果演出にも挑戦している。これらにより舞台に奥行きが出て、バーチャルとリアルがごちゃまぜになるような不思議なステージが生まれた。このようなスタイルの舞台表現は、彼女が所属するKAMITSUBAKI STUDIOのさまざまなライブに引き継がれ、どんどん進化していくことになる。

ライブの最中「御伽噺」という語りが挟まれた。制服の花譜がステージに立ち、物語を語っていく。この物語自体考察の余地のあるもので、バーチャルな存在・花譜という存在だからできる表現の幅を見せた瞬間でもあった。

そして新しい歌唱形態の発表。今までの第一形態は「雛鳥」だったが、まったく違うデザインの「星鴉」へと変化した。今後彼女はライブのたびにさまざまな衣装を発表しつづけ、生まれ変わっていく様子を観測者たちは見届けることになる。

成長を観測することで、存在するもの

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