『東京卍リベンジャーズ』考察「細いのに強い」マイキーが変えた世界観、ヤンキーはもはや空想上の生き物
大人気マンガ『東京卍リベンジャーズ』(和久井健/講談社『週刊少年マガジン』連載中)の魅力とヒットの理由、新しさを、マンガ大好きライター・さわだ(『呪術廻戦』全巻レビューなど)が考察する。
「クセがすごい」を手に入れた千鳥のような変化
和久井健の『東京卍リベンジャーズ』が最終章に突入し、ますます盛り上がりを見せている。和久井先生と言えば、『新宿スワン』や『デザートイーグル』など闇社会を描いたアウトロー作品に定評がある人気マンガ家だ。読者を選びそうなアウトロー作品からの『東京卍リベンジャーズ』は、和久井先生にとってかなりポップに向かった作品と言える。
掲載誌を青年誌(『ヤングマガジン』講談社)から少年誌に移し、舞台は闇社会から中学生ヤンキーに、そこにタイムリープを足し、さらにポップで洒落た絵柄に路線変更までしている。この変わりっぷりはまるで「クセがすごい」を手に入れた千鳥のようだ。ヤンキー、タイムリープに加え、女子ウケしそうな細身のイケメン、恋愛に加えてBL要素。「イカ2カン」や「シンプルに口が臭い」からの「胃が腐っとんじゃ」まで全部やってくれている。
ヤンキーとタイムリープの相性
すっかりヘタレに成り下がった26歳フリーターの花垣武道(はながき・たけみち)が、ヤンキーをしていた中学時代にタイムスリップ。かつての恋人・橘日向(たちばな・ひなた)が死ぬ未来を阻止しようと、のちに犯罪集団と化す暴走族・東京卍會(とうきょうまんじかい)で成り上がりを目指す。
サスペンス要素が強い。東京卍會の総長は、マイキーという細身の優男。現代では、詐欺、賭博、強盗などを行う極悪集団のボスなのだが、武道にはどうしてもそれほどの悪人には見えない。なぜマイキーは変わってしまったのか? 過去に戻る度、マイキーに巣食う膿を出すために悪戦苦闘する。一見特殊な設定に見えるが、ヤンキー特有の根性と、何度もやり直すタイムリープの相性がいい。
予想外のことばかりが起き、なんとか苦難を乗り越え過去を変えても、現代ではまた違った最悪の結果が待っている。それでも心が折れないのは、武道には「うだつの上がらない現状」という後悔があるからだ。変えたいのは、仲間や恋人に加え、誇れる自分の未来。それは武道にとってのリベンジだ。
しかし、ここで気になるのは「リベンジャーズ」の「ズ」の部分。武道以外にもタイムリープしている者がいるのか……? それとも……? 至るところに伏線が仕掛けられている。
タイムリープしているのに読みやすい理由は?
様々な要素を加えたマンガではあるが、仕上がりは実に読みやすい。ポップな絵柄、無駄を省いた台詞回し、ほかにも、僕にはまだ気づけていないテクニックも使っているだろう。ゴヤゴチャになりやすいタイムリープ作品なのに、混乱しない。
『東京卍リベンジャーズ』のタイムリープのルールは、12年前の今日に戻れるだけ。つまり、現代も過去も等しく時間は動いていて、いくら過去で失敗したからといってそれをやり直せるわけではない。何度も同じ時を刻めない設定なので、読者は話を整理しやすい。
先に現在という結末を見せ、その結末を変えるために12年前に戻るという構成が読みやすさに貢献している。「今回のタイムリープでは、○○を止める!」と目的がハッキリしているのだ。
そして目的を達成し12年後の現在に帰ると、全く違う現実が待っている。この変化がまた、いちいち最終回のエピローグみたいで楽しい、盛り上がる。レンタルビデオ屋のバイトだった武道が、店長になっていたり、ガラリと変わって東京卍會の幹部になっていたり。他の主要キャラも、それぞれ全く違う進路を歩いている。
トシがレアル・マドリードに所属する未来を描いた『シュート』(大島司/講談社)や、みんなが就職なり進学なりしているのに坊屋春道だけ留年した『クローズ』(高橋ヒロシ/秋田書店)のように、「お前そういう進路を選んだのか!」はシンプルに楽しい。進路とは違うが、『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)の「懸賞金発表回」もその類だと思う。
ヤンキーは空想上の生き物?
ヤンキーはもはや半分ファンタジーだ。特攻服の暴走族なんて普段お目にかかれないし、いたとしても100人単位で動くチームはないはず。30代茨城出身の僕がそうなのだから、今の10代にとってヤンキーはほとんど空想上の生き物だろう。
一方で、作者も作中でリスペクトを示している(14巻124話参照)『湘南純愛組!』(藤沢とおる)や『特攻の拓』(佐木飛朗斗、所十三)が『週刊少年マガジン』で連載されていた時代(1990年代)は、もう少しリアルなところに暴走族がいた。「ヤンキーVSヤンキー」だけではなく、「少年VS大人」の構図が物語にアクセントを与えた。
『特攻の拓』では、しょっちゅう警察(マッポと読む)との小競り合いが出てきたし、2000年代の『WORST』(高橋ヒロシ『月刊少年チャンピオン』秋田書店)の一大イベント「天狗の森の決戦」では、大人の目を避けるために早朝5時に集まってケンカしていた。
しかし、『東京卍リベンジャーズ』では逮捕こそあるものの、それほど大人を意識したシーンは描かれていない。「いや、100人単位でケンカしたらすぐに警察来るだろ!」なんてツッコミを無視するように、ド派手な乱闘を連発している。過去作ではあんなに緻密な闇社会を描いていた和久井先生が、だ。
リアルよりも、ド派手なファッションにケンカといったヤンキーのファンタジー部分を強く押し出す。あえてSF、あえて夢物語のまま、進行していく。タイムリープのSF部分で全体をイイ感じに包み、ヤンキーの信念や熱い部分を描き切る。まさに現代の、いや、ヤンキーがいない現代だからこそのヤンキーマンガなのだ。
キャラの多様性とど真ん中の武道
ヤンキーとタイムリープのSFオブラートは、女性層へのアプローチにも一役買っている。当初マイキーの「細身なのになぜかメチャクチャ強い」というキャラクターは特別なものだった。しかし、物語が進むにつれて細身の強キャラは増え、もはや今では「細身の方が強い」ぐらいになっている。マイキーというボーダーラインを引くことで、かわいくてイケメンキャラの量産が許されたのだ。
こうしてガチムチのいかにもなヤンキーを減らし、様々なタイプのキャラクターを生むことに成功した。圧倒的な強さとかわいげとカリスマ性を持ったマイキー、オシャレでバカ強いのに献身的なドラケン、手芸部部長というヤンキーとのギャップを持つ三ツ谷……などなど、多様なキャラクターのおかげで読者は“推し選び”を楽しむことができ、読者層もドンドン広がっていったのだ。
多彩なキャラは主人公・武道を地味な存在にしてしまうが、それは計算の上だろう。他のキャラが「憧れ」だとしたら、武道が請け負うのは「共感」だ。人間誰しもが持つ後悔を持つ武道は、それを払拭するように気合を入れて、自分と仲間の未来を変えていく。結果、それが読者の心を動かしたらそれは少年マンガのど真ん中。最高の主人公になる。
しかし、現在連載中の「最終章」はマイキーの心の闇、弱さに迫っている。オシャレでカッコいいマイキーがその上に共感性まで見せてしまったら、主人公である武道の立場は……と思わなくもないが、なぜか脇役っぽくなってしまうところもまた、主人公としての魅力なのだろう。
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