自分で肋骨を折るほど気合いを入れる『M-1グランプリ』|納言・薄幸の酔いどれコラム#8


お酒とタバコを愛するやさぐれキャラで、現在バラエティに引っ張りだこの納言・薄幸。しかし、本業はあくまでも“お笑い芸人”。漫才の王者を決める『M-1グランプリ』にも毎年出場している。

漫才師の誰もが気合いを入れて挑むであろう大会。ただ、幸の『M-1』への気合いの入れ方は、ちょっと尋常ではなかった。


全4回、肋骨骨折実録

肋骨って折った事ある?

私は4回ある!
どうだい?凄いでしょ?

1度目の肋骨骨折は、お笑い養成所に通っていた時の事。
当時17歳だった私は5つ歳上の22歳の男の同期の肩を、ふざけてぶん殴ってみた。
するとその同期も、ふざけてぶん殴り返してきた。
で、折れた。

相手は男だ。
一応女の肩を力一杯殴っちゃあ、そりゃあ折れるよ。
人生初めての肋骨骨折だったけど

“あれ!? こりゃあ肋骨が折れたなあ”

そう確信する位、絶対に折れた。

これを機に、気を抜くとすぐに肋骨が折れる、非常にありがたくない体質になってしまった。


2度目は、20歳位の時。
お笑いのギャラが初めて5万を超えた。
たかが5万と思われるかもしれないけど、隣人のアラームで起きる程のペラッペラな壁、ボロ狭クソったれアパートに住みながら、バイト代だけで生活していた当時の私にとって、5万は大金だった。

これは、自分にご褒美を与えねば。
そう思った私が選んだのは、マッサージだった。

それが、間違いだった。

90分1万5千円位する、そこそこ良い値段のマッサージ店。
初めてのマッサージ。
ワクワクしながら施術が始まる。
開始30秒程で私はこう思った。

“やっべ!めっちゃ下手!”

とってもめっちゃ下手だった。
全部外れ。
押される所押される所、全部外れ。
全問不正解。
全問不正解のくせに、毎回自信満々超全力で押してくる。
クイズ番組だったら面白いけど、今はクイズ番組じゃないから、ちっとも面白くない。
すっげえ痛いだけ。

初めてのマッサージ、“痛い”と言って良いのか分からず、苦悶の表情を浮かべながら痛みに耐え続け、ただただ時が過ぎるのを待つだけの私。

「は~い!最後、仰向けになって下さ~い!」

“は~い、じゃねえよ”そう思いながらも”最後”と言う言葉にホッとしてうつ伏せから仰向けになる。

「ここがね~、リンパが流れてるところ~!」

うるせえ事を言いながら、ヘッポコマッサージ野郎が胸あたりを思い切り押す。

その瞬間

“パキッ”

マッサージ野郎には聞こえない位の、小さく鈍い音が体の内側から鳴る。

“こりゃあ肋骨が折れたなあ~”

人生2度目の肋骨骨折、確信。
マッサージに来る前より疲れながら、その足で接骨院に向かうと、案の定肋骨は折れていた。
接骨院の先生に事情を話したらちょっと怒られるという、最悪の一日だった。


3度目は、3年前の『M-1グランプリ』1回戦の日の事。
私はプレッシャーが掛かる収録前や、大きな大会の前には、緊張をほぐす為に自分で自分の事を毎回ボッコボコにする。

何言ってんのか、分かんないでしょう?
体が硬くなってしまうのを防ぐ為、自分の胸や背中、腕が回る範囲をとにかく殴り回すのだ。

4年前の『M-1』は、正直手応えが無い訳ではなかったものの、二回戦で落ちてしまった。
今年は絶対にもっと上へ行かねば。
1回戦から圧倒的にウケて、勢いをつけてやるんだ。
そんな思いで挑んだ2018年の『M-1』。
気合いを入れて、いつも以上に自分をボコボコにする。
恐らく40回以上は自分を殴り倒しただろう。

とうとう、自分達のネタが始まる。
2分という短い時間に、一年間をぶつける。
一年の中で、一番貴重な2分間。
ネタの最後。
安部の「ありがとうございました」が聞こえると、突然胸が痛くなった。

スベッたから辛くて胸が痛い、とか、そういう感情の話じゃない。
身体的に胸が痛い。

どうやら、折っていたらしい。
気持ちが高まり過ぎて全く気づかなかったけど、ぶん殴り過ぎて、また肋骨を折っていた。
肋骨折りたてホヤホヤでネタをしていたのだ。

人間って、なんて恐ろしい生き物なんだ。
自分のキャパを超える程に興奮すると、痛みなんて感じなくなる。

漫才師にとって、『M-1』はそれほど大切な戦い。

過去二回の骨折は最悪な気持ちだったけど、この時の骨折は、やり切ったぞ、ウケたぞ、そんな幸せが勝っていたから、言い方は変だけど、痛いけど、痛くなかった。


そして、4回目の肋骨骨折は、3年前の『M-1グランプリ』準々決勝の日の事。
信じられないかもしれないけど、2018年の『M-1』の予選で私は2回肋骨を骨折した。

初めに、「肋骨折った事、私は4回ある!」とか得意げに言ってみたけど、その内の半分はこの年の短期間で数を稼いでいる。
完治して、またすぐ同じ過ちを繰り返し、また骨折したのだ。
なんて馬鹿な人間なんだと悲しくなったけど、『M-1』に関しては、もうどうしようもない。
骨折しちゃうかもと分かってはいても、ボコボコにしないと、歩く事すらおぼつかなくなる程に緊張するんだ。

『M-1』は“ずっと振られ続けてるけど、ずっと好きな片思いの相手”


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薄幸(納言)

(すすき・みゆき)お笑い芸人。1993年生まれ、千葉県出身。安部紀克との男女コンビ「納言」のメンバー。「三茶の女は返事が小せえな」「渋谷はもうバイオハザードみてえな街だな」など“街ディス”ネタが人気のコンビ。バラエティでは薄幸のヘビースモーカーっぷりや大酒飲みのやさぐれキャラクターにも注目が集まって..

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