大切なのは自虐ではなく反省
そして、ここから先が最も重要である。
本作には、大きく言ってふたりの鬼が現れ、主人公たちの前に立ちはだかる。なかなか強い鬼と、とてつもなく強い鬼である。なかなか強い鬼は、主人公たちに倒されたあと、反省しながら、息絶えていく。
あいつは強かった。あいつも強かった。迂闊だった。自分は、ここが甘かった。ここで油断した。ああ、なんてことだ……反省しながら、死んでいく。こんな悪役の幕切れは初めてだ。主人公以上に魅力的な悪役ならいくらでもいる。美学に殉じ、堂々と倒されていく、カッコいい悪役もずいぶん見た。悪役には悪役の言い分があり、彼らにとっての正義も存在していることを、私たちは知っている。だから、ハンを押すように悪役を否定したりはしない。
しかし、呪詛を撒き散らすのではなく、ひとり孤独に黙々と反省しながら消えていくこの鬼のなんと情けないことか! そして、なんと愛らしいことか! うっかり親近感すら抱きそうになるくらい、憎めない死に様だ。
そして、はっきり想う。今、大切なのは、自虐ではなく、反省なのだと。
考えてみると、もはや現代においてはギャグどころか挨拶程度のものと化している自虐には「他者」が存在していない。自分という内的宇宙の中で、ただ自閉し、自分で自分をいじめることに開き直っているだけだ。「どうせ自分は」を芸風とし、キャラにしているだけ。だから、自虐には発展性がない。
しかし、反省は違う。反省には常に「他者」が介在する。自分ではない第三者との関わり合いを通して、初めて反省するという行為は生まれる。自虐が時に単なる自己愛でしかないのと対照的に、反省には俯瞰があり、切実さも立体的だ。
あの悪役の末路は、ちっとも自虐的ではなかった。
あのとき、ああしておけばよかったなぁ……そんな負け犬の遠吠えも、どこかユーモラスで、清々しささえあった。この余韻は、とにかく新鮮で、意外ではあるが、この要素も、私たちの精神をどこか「清める」作用があったように想う。
そして、とてつもなく強い鬼と、主人公の師匠筋に当たる青年との闘い。
鬼は、青年の剣の強さを見込み、人間を辞めて鬼になれ、とスカウトする。その誘いをきっぱり断る青年。両者の対話は、闘いの最中に行われる。銃による決闘は一瞬でカタがつくが、刃と刃の闘いは、対話をしながら行うことが可能。アクションと対話が融合したエモーションが語りかけてくるものは、立場の異なる者同士が、互いを罵倒するのではなく、自分自身のものの考え方、価値観を、押しつけず、毅然とプレゼンテーションすることの美しさだ。
罵倒と袋叩きが吹き荒れる地獄であることを知りながら、それでもSNSから離れられず、ついつい傷ついてしまいがちな甘っちょろい私たちには、反省する鬼、対話する鬼の姿もまた、「清める」に相当するのだということ。
もちろん、青年の素晴らしくふくよかな魅力あってのことながら、その一歩先に、新しさがあった。
最後に。「全集中の呼吸」はあまりにも有名だが、「鬼はにおう」とする基本設定からも大いなるシンクロニシティを受け取ることができる。息を吸うことも、嗅ぐことも、マスクによって制限するしかないのが、私たちが生きているコロナ以後の世界だ。
口も鼻も覆ったままでいると、確実に勘は衰える。だから、『鬼滅の刃』は、肩代わりしてくれている。
呼吸。そして、匂い。
『鬼滅の刃』は、報われぬ私たちを、どこまでもガードし、導く、「御守り」のような存在なのだ。
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映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
原作:吾峠呼世晴(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
【キャスト】
竈門炭治郎(かまど・たんじろう):花江夏樹
竈門禰豆子(かまど・ねずこ):鬼頭明里
我妻善逸(あがつま・ぜんいつ):下野紘
嘴平伊之助(はしびら・いのすけ):松岡禎丞
煉?獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう):日野聡
魘夢(下弦の壱)(えんむ・かげんのいち):平川大輔
(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable関連リンク
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