「ここに描くべきはヤンキーか野良犬か酔っ払いか?」プロ漫画家は作画をコストで考える──『東京トイボクシーズ』うめの場合

2021.6.11

「ヤンキー」「野良犬」「水面で跳ねる魚」「酔っ払い」?

ラフ絵を入れる段階で、またしてもしばし考え込む。

たった3コマ。しかも小さめ。複雑な動きや、セリフで説明するような余裕はない。作画コストもなるべく省きたい。作画コストというのは、イコール時間と人手だ。時間は有限なので、重要なシーンにコストをかけられるよう、重要でないシーンのコストをどれだけ省けるかが勝負。キャラの人数を増やしたり、キャラ以外の物体(車や自転車等)を置けば、3Dデータを探したり作成したり、そこにベタを塗ったりトーンを貼ったりと、増やした分だけ時間も人手も必要になる。

ということは主要人物マシロ以外で必要なのは、キャラ1体が理想的。小沢が挙げた例だと「ヤンキー」「野良犬」「水面で跳ねる魚」「酔っ払い」あたり。

「野良犬」は最近は都内ではほとんど見かけない。ネガティブな気持ちになる前に「なぜここに犬が? 迷子犬?」などといったよけいな疑問が湧いてしまう。
「水面で跳ねる魚」は果たしてネガティブか? 逆に好奇心をそそられて水面に興味が向いてしまわないか?
「ヤンキー」はネガティブな状況を作りやすいけど、肩がぶつかって絡まれる、すれ違いざまに暴言を吐かれるなど、いずにせよセリフが多めになりそうだ。
コマも小さいことだし、セリフは最小限に留めたい。

となると残りは「酔っ払い」だ。ちょうど昨日若干お酒を飲み過ぎて、少し胃のあたりがムカムカするし、いい酔っ払いが描けそうな雰囲気。おじさんを描くのも得意なほうだ。よし、「酔っ払い」のおじさんでいこう。
でもただ歩いて来るだけじゃちょっと弱いな。とはいえ絡まれたりすると「ヤンキー」と同じリスクが発生するし……いや待て、「酔っ払い」で嫌なことといえば「道端で吐く」だ。道を歩いていて、道端で昨晩の残骸であろうそれを踏みそうになるだけで嫌な気持ちになるのに、それを目の前で見せられたら、相当なインパクトだろう。

そこまで考えて急に、大友克洋の『AKIRA』3巻で、金田が船の上から海に向かって吐くシーンを思い出す。これだ! せっかく川沿いを歩いてるんだから、川に向かって吐こう!と思い立ち、このようなネームができ上がった。

そうだ、川に向かって吐こう!
そうだ、川に向かって吐こう!

みんなが考えてくれた編

我ながら、言葉では言い表せないなんとも言えない嫌な気持ちを表現できたと自負している。会社では豪快キャラを演じてるが、家では「お父さんの下着と一緒に洗濯しないで!」と言われてそうなリアリティのあるおじさんが描けた気がする。無事相方・小沢と担当編集のオッケーも出たところで、この話をまず、平日の朝9時から毎朝やっているClubhouseのイベント「#漫画家の朝礼」で話し、その後ツイッターとFacebookに投稿した。
すると同業者の漫画家さんやクリエイターの皆さんに思いのほかウケた。相方とのシナリオとネームに関するやりとりや、方法論の部分が興味深かったようで、自分なりのやり方と比較したり、「自分ならこのシーンをこうする」という各自思いついたエピソードをコメントで投稿してくれたりした。気になったものを紹介。

・車が走ってきて水飛沫がバシャでした。でも前の日が雨とか、あとその後もずっと汚れてるとかいろいろ面倒ですよね。
・ドローンが飛んできて直撃し「すみませ〜ん!」というのはどうですかね!
(ふたつとも𥱋瀨洋平さん ゲームデザイナーで研究者。『東京トイボクシーズ』の監修者でもあります)

後ろから自転車で来たおっさんかおばちゃんに、めっちゃベルを鳴らされて避けさせられる、とかかな…自転車は3D使うんで作画コスト抑えられるし。
(冬乃郁也さん BL漫画家さん。『バナナフィッシュ』ツアーでご一緒しました)

・わたし「自転車事故」とかシャレにならないの描いちゃって深刻な感じにしちゃいそうです。(ご存知、『ちはやふる』末次由紀さん)

・ホテルから朝出てきたっぽいカップルが周りの目もきにせずイチャイチャしながらすれ違う際に「やっだーもうー」とシナを作る女の肩をぶつけられる。
(河合太郎さん Appleで地図作ってます。シリコンバレー在住)

・スマホで彼氏らしき男と口げんかしている裸足の女性がスマホを川に投げ捨てる。
(平井太郎さん ラノベ書いたりボードゲーム作ったりいろいろやってる人です)

・電話がかかってきて、ポケットから出そうとしたら小銭をばら撒いちゃう。
(柴田ケンジさん マーベル好き仲間です)

・犬のうんこを踏む
(岡安学さん ゲーム系ライターさん。eスポーツの取材も受けました。『スト5』の師匠)

・歩きスマホをしている、好みでもないおねいちゃんが勝手にぶつかってきて、挙げ句「チッ」と舌打ちされながらゴミカスを見るような目で蔑まれる。
(松浦達也さん 肉の達人ライター。料理企画を一緒にやってます)

・歩道橋かなんかでなんかの紙を読んでるおっさんが「けっ」とか言って紙をくしゃくしゃにまとめて捨てる。
(松永肇一さん うめ『STEVES』原作者です)

どの例もご本人の人とナリを微妙に反映していておもしろい。実際にコマを割ってくれた方までいて、ちゃんと3コマに収めているのが微笑ましい。

𥱋瀨洋平さんの回答
𥱋瀨さんがご自分の回答〈ドローンが飛んできて直撃し「すみませ〜ん!」〉を自らネームにした例


漫画家を目指すでもない限り、ネームというものを見たことも描いたことも切ったことも(そういえば「ネームを切る」という言い方をするけど、なんでだろ)ないであろう方々が、いろんなエピソードを挙げてくださっていて、ちょっとしたワークショップをやった気分。もしよければ、皆さんにもぜひチャレンジしてみてほしい。5分でできるから!

現在の状況。作業配信サービス「00:00studio」で7人の視聴者に見守られながら無事ペン入れ完了。完成版は『コミックバンチ』(8月号 7月21日発売予定)で!
現在の状況。作業配信サービス「00:00 Studio」で6人の視聴者に見守られながら無事ペン入れ完了。完成版は『コミックバンチ』(8月号 7月21日発売予定)で!
「マンガコミュニティ「アル」を提供するアル株式会社がリリースしたクリエイターの作業をライブする配信サービス「00:00studio」で見守られている様子。コマを考えてくれた末次さん、冬乃さんも割と使ってます。こないだかっぴーさんもイベントやってました。
見守られている様子。「00:00 Studio」はマンガコミュニティ「アル」を提供するアル株式会社がリリースしたクリエイターの作業をライブする配信サービス。コマを考えてくれた末次さん、冬乃さんもわりと使ってます。見かけたところでは、なかはら・ももたさん、かっぴーさんも配信してました
今日も、作画とコストの攻防はつづいています
今日も、作画とコストの攻防はつづいています

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