マンガ大賞2021受賞『葬送のフリーレン』は現代の神話である

2021.4.15


いま作品を読んでいる子供たちも人生の節目節目に読み返したくなる漫画になるだろう

原作の山田鐘人さんは『葬送のフリーレン』の前に『ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア』(小学館サンデーうぇぶりコミックス、全2巻)という漫画を発表している。同作は作画も担当した。『葬送のフリーレン』ほどの緻密さはないが、コミカルで味がある。『ぼっち博士~』も「時間差理解」がテーマ(のひとつ)になっている。友達のいないオタク博士と毒舌のロボットが、淡々とした日常を送る。基本、登場人物(登場ロボ)は博士とロボット少女だけなので不条理コント(漫才)のような展開で話が進む。ほのぼのとしたギャグ漫画と思って読み始めると、物語が始まって十数頁くらいして廃墟と化した渋谷の絵が現われる。

隕石が落下し、未知の伝染病による感染爆発が起き、人類は滅亡の危機に瀕しているのだが……。同作品の連載開始は2016年9月。人付き合いが苦手な博士は、ふとした拍子に昔の自分の誤解や早とちりに気づく。しかし時すでに遅し。だいたい間に合わない。苦味とおかしみが交互にやってくる。『葬送フリーレン』は「時間差理解」だけでなく、神(女神)を信じるか信じないかの教理問答のようなやり取りもなされる。時間という概念に対する哲学書のような思索もあり、さらに生老病死もストーリーの通奏低音となっている。現代の神話といっても過言ではない。

かつての旅の仲間であるドワーフの戦士アイゼンがフリーレンにこう語る。

人生ってのは衰えてからのほうが案外長いもんさ

『葬送のフリーレン』1巻(原作・山田鐘人 作画・アベツカサ/小学館)

どんな偉業を成し遂げた勇者たちも老い、いつかは世を去り、忘れられる。村人Aや町人Bだって同じだ。

「人は限られた時間の中で何をすべきなのか」「何かをすることに意味はあるのか」といった答えの出ない問いが頭の中をかけ巡る。

『葬送のフリーレン』4巻(原作・山田鐘人 作画・アベツカサ/小学館)

『葬送フリーレン』では「後進の育成」も物語の鍵となる。旅の仲間たちが育てた弟子をフリーレンが困惑しつるも引き受ける。

中年期以降、わたしは仕事を教えることの難しさを痛感している。ひとりでやったほうが早いし、何より説明するのが煩わしい。いちから全部教えようとすれば、自分の仕事ができなくなる。しかし先輩たちはこんなに面倒くさいことを若き日の自分にやってくれていたのかと時を経て理解する。

今の実力より少しだけ難しい課題を与え、あとは見守る。努力と成長を褒める。これがなかなかうまくいかない。教わったり習ったりしてもすぐにはできない。下手すると5年10年、いや、20年くらいして「ああ、そういうことか」と腑に落ちる。そして自分を立て直す方法は誰も教えてくれない。それが一番大事なことなのだけど。

『葬送のフリーレン』はまだ話半ばだが、この作品を読んでいる子供たち、青少年もいずれは大人になる。おそらく人生の節目節目に読み返したくなる漫画になるだろう。

これほど続きが気になる漫画を読むのは久し振りだ。完結するまでのんびり追いかけたい。


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  • 荻原魚雷『中年の本棚』(紀伊國屋書店)

    気力・体力・好奇心の衰え、老いの徴候、板ばさみの人間関係、残り時間…人は誰でも初めて中年になる。この先、いったい何ができるのか―中年を生き延びるために。“中年の大先輩”と“新中年”に教えを乞う読書エッセイ。

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(おぎはら・ぎょらい)1969年三重県鈴鹿市生まれ。1989年からライターとして書評やコラムを執筆。著書に『本と怠け者』(ちくま文庫)、『閑な読書人』(晶文社)、『古書古書話』(本の雑誌社)、編著に『吉行淳之介 ベスト・エッセイ』(ちくま文庫)、梅崎春生『怠惰の美徳』(中公文庫)などがある。毎日新聞..

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