読書の目的とは、教養とは何か。 中村光夫の読書論

2021.3.13

荻原魚雷 半隠居遅報 第16回

文=荻原魚雷 編集=森山裕之


本はたくさん読めばいいというものではない。ダイエットや片づけに関する本を千冊読もうが、そこに書かれているのは「増えた分だけ減らしなさい」である。世の中には一冊読んで千を知る人もいれば、千冊読んで一を知る人もいる。

わかったとおもったところからわからなくなるのが文学の醍醐味

残念ながら、わたしは後者のようだ。昔から同じような本ばかり読んでしまう癖がある。貧乏もしくは自堕落な生活から自分を立て直し、平穏な日常を求める話だ。人生、進歩なし。これでいいのか。

そんな気分に陥っていたとき、中村光夫著『自分で考える』(新潮社/1957年)所収の「私の読書遍歴」を再読した。60年以上前の文章だが、今でも有意義な意見が書かれているとおもったので紹介したい。

『自分で考える』中村光夫/新潮社

たくさんの知人よりひとりの友人こそ人生において求めるべきであるように、読書においても多読はただ精読の対象を見出すまでの手段にすぎないでしょう。

『自分で考える』「私の読書遍歴」中村光夫/新潮社

長年の乱読生活を経て、そのことを痛感している。多くの本を読むのは自分の好きなもの、特別なものを見つけるためなのだ。バランスよくなんでも知ろうとすると、どうしても散漫になってしまう。

『自分で考える』には「読書の方法」というエッセイも収録されている。これも今の自分のもやもやとした気分に響いた。

小説を読んだ感動は、すべて僕等の内心にふれる感情と同じく、ひどく言いあらわしにくいのが普通です。(中略)だから僕等の感動がどんなに深く、相手のそれがどんなに浅薄であっても、彼がそれを巧みに言い表す方法を知っていれば議論はこちらの負におわります。まずいことは浅薄な感想や型通りの理解ほど雄弁に語るに適しているのです。

『自分で考える』「読書の方法」中村光夫/新潮社

議論に強いことは虚栄心を満たすことはできても、文学を愛することにはつながらない。わたしは文学作品を読み終わったあとも思案がつづく。あれこれ思索している途中で「それはちがう」「まちがっている」と言われるのはあまりいい気分ではない。答えをすぐ出せる人となかなか出せない人がいる。早く出せればいいというものではない。わかったとおもったところからわからなくなるのが、わたしは文学の醍醐味だと考えている。

1911年生まれの中村光夫が「読書遍歴」を書いたのは40代半ばなのだが、彼は40歳になったとき、文芸評論家の仕事に対し、中年期以降「若い作家の愛だの恋だのいう小説を読むのはきっついわー(意訳)」みたいな愚痴もこぼしている。

わたしも40代になったころ、似たような気持になった。

小説を読んだときに生じる感情はそれこそ無数にある。同じ人が同じ作品を読んでも、そのときどきの体調や心境によって感想もちがってくる。年齢によって自分の関心事も変わる。何かひとつの基準を想定し、それに合うか合わないで作品のよしあしを決める人がいるが、文学をより深く楽しむためにはおすすめできない方法だ。

新しい価値観がどれほど優れたものであっても、過去の書物を否定したくない

この記事の画像(全3枚)


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

今は夕凪の時代。退屈な暮らしを豊かなものにするためには(荻原魚雷)

半隠居遅報14

確かな答えは時の審判にゆだねるしかない。富士正晴の「長持ちする意見」

自分を発見し、自分を見守り、自分を検討する。人生の一大事業――臼井吉見の言葉(荻原魚雷)

ツートライブ×アイロンヘッド

ツートライブ×アイロンヘッド「全力でぶつかりたいと思われる先輩に」変わらないファイトスタイルと先輩としての覚悟【よしもと漫才劇場10周年企画】

例えば炎×金魚番長

なにかとオーバーしがちな例えば炎×金魚番長が語る、尊敬とナメてる部分【よしもと漫才劇場10周年企画】

ミキ

ミキが見つけた一生かけて挑める芸「漫才だったら千鳥やかまいたちにも勝てる」【よしもと漫才劇場10周年企画】

よしもと芸人総勢50組が万博記念公園に集結!4時間半の『マンゲキ夏祭り2025』をレポート【よしもと漫才劇場10周年企画】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「猛暑日のウルトラライトダウン」【前編】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「小さい傘の喩えがなくなるまで」【後編】

「“瞳の中のセンター”でありたい」SKE48西井美桜が明かす“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「悔しい気持ちはガソリン」「特徴的すぎるからこそ、個性」SKE48熊崎晴香&坂本真凛が語る“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「優しい姫」と「童顔だけど中身は大人」のふたり。SKE48野村実代&原 優寧の“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

話題沸騰のにじさんじ発バーチャル・バンド「2時だとか」表紙解禁!『Quick Japan』60ページ徹底特集

TBSアナウンサー・田村真子の1stフォトエッセイ発売決定!「20代までの私の人生の記録」