ブリザード寿のレスラー人生には現実味がある
幼いころから父に褒められることのなかった寿一は、“家族”とつながれる居場所を求めプロレス団体に入門した。なぜプロレスかというと、厳格な寿三郎との唯一の共通言語だったから(多忙な父との唯一の接点がテレビのプロレス観戦だった新日本プロレス前社長、ハロルド・メイ氏のエピソードと酷似)。ふたりがテレビ観戦していたのは、猪木vsブロディの初対決(1985年4月18日/両国国技館)だ。
寿三郎 「あのブルドーザーってのは悪役なのに華があっていいなあ」
寿一 「ブルーザーだよ(笑)」
つまり、寿一は寿三郎に褒めてもらいたくてブロディのようなレスラーを志向したのだ。寿三郎を嫌いなのではなく、好き過ぎるから家を飛び出したということ。そして、寿三郎のスマホの待ち受け画像はブリザード寿だった。プロレスは人間模様の写し鏡である。
寿はプロレスラーとしてなかなかにリアルな人生を辿っている。彼が歩んだのは紛れもなくエリート街道だ。デビューしてすぐにアイドルレスラーとして持て囃された寿はトップグループ入りを果たし、押しも押されぬレジェンドの長州力、武藤敬司、蝶野正洋と立てつづけに対戦。登場レスラーから察するに、彼が入門したのは新日本プロレス(あるいは新日と交流のある団体)だろう。寿と同じ42歳の現役選手を探すと矢野通に行き当たるが、年齢の近い棚橋弘至(44歳)は実際に上記3選手と試合で絡んでいるのでけっして無茶な設定ではない。
その後、海外遠征に出た寿はプエルトリコでチャンピオンベルトを奪取し、防衛戦で膝に大怪我を負ってしまった。同地への遠征を境に、寿のレスラー人生は流転。帰国後、妻のユカ(平岩紙)からは離婚を切り出され、彼にはローンだけが残った。そういえば、ブロディがレスラー仲間であるホセ・ゴンザレスにナイフで刺殺されたのもプエルトリコだった。
ピークを過ぎた寿はインディ団体「さんたまプロレス」に入団。リング外を見ると客席はソーシャルディスタンスが確保されており、皆、声を出さずに拍手で応援していることがわかる。まさに、今の会場風景そのままだ。
宮藤は将軍KYワカマツのファンだった
その後、寿三郎のあとを継ぐためにプロレスラーを引退した寿一。しかし、経営悪化の一途を辿るさんたまプロレスに懇願され、リング復帰を果たした。素性が家族にバレないように作り出されたのは「スーパー世阿弥マシン」なるキャラクターだ。再び、『KAMINOGE』vol.20での宮藤の発言を引用する。
ドクター若松(将軍KYワカマツのこと)っていたじゃないですか? 俺、アイツがとにかく好きで(笑)。だから地元にプロレスが来ると、アイツと同じ格好して観に行ってましたよ。クラスのみんなで学校にあった白衣を着て、サングラスかけて(笑)
『KAMINOGE vol.20』/東邦出版
マシン軍団のマネージャー・ワカマツが好きだった宮藤が、新たなマシンを作り出したのだ。
スーパー世阿弥マシン誕生の経緯から思い浮かぶ実在のレスラーは、やはりスーパー・ササダンゴ・マシンだろう。家業の金型工場を継ぐために1度は引退するもマスクマンとしてリング復帰、プロレスと家業の二足の草鞋を履くマッスル坂井がスーパー世阿弥マシンの下敷きにあるのは明らかだ。引退→復帰が日常風景と化したプロレス界だが、それを咎める者はもはや少数派だし、ましてやササダンゴ・マシンを非難するファンなど皆無。その風潮を踏まえての宮藤の脚本に違いない。
余談だが、スーパー世阿弥マシンのコスチュームやファイトスタイルから想起するのはストロング・マシンよりもハヤブサのほうが近かった。事実、長瀬はハヤブサのファンだったそうだ(プロレスシーンを監修するDDTプロレス・木曽大介レフェリーの2月5日note参照)。
長州力は人生の岐路に立つ寿一のキーマン
『俺の家の話』では、毎週のように長州に見せ場がある。これが、なかなかいいのだ。中でも印象的だったのは、2話における長州のセリフだ。
長州 「寿。お前、プロレス好きか?」
寿一 「大好きです」
長州 「じゃあお前、(ほかの選手たちを指して)こいつらよりも幸せかもなあ。大好きなものを仕事にしないでいいもんなあ」
3話で寿一は「俺、能よりプロレスのほうが好きかもしんない」と口にしている。そして4話では、ラーメン屋を経営する義弟のO.S.D(秋山竜次)がこんなことを言った。
「どうしてラーメン屋になったか? 強いて言うと、ラーメンが好きじゃないから。ラーメン好きな奴ってさあ、ラーメン好きな奴の気持ちしかわかんねえんだよなあ。だから俺の意見、けっこう大事なんじゃねえかなあ」
2話で、寿一はユカに「好きな人旦那にしたら幸せになれるわけちゃうねんなあ」と言われた。貫かれているのは、好きなものに寄り添うことが必ずしも幸せと限らない、というメッセージだ。
天賦の才があるのにプロレスラーになった寿一は、寿限無(桐谷健太)から「(能から)逃げるの早過ぎ。寿一っちゃん、圧倒的な華があったのに」と言われた。ジャニーズ事務所を退所して裏方に回ると言われる長瀬と寿一が重なって見える。
果たして、寿一は能に身を捧げて宗家を継ぐことになるのか。それとも、“好きなもの”であるプロレスに本格復帰するのか。1話で印象に残ったのは「俺たちが勇気を振り絞るのはリングシューズを履くときじゃねえんだよ。脱ぐときなんだよ」という長州の言葉だった。これを長州が言うからよかった。
スーパー世阿弥マシンの試合を観戦した寿三郎は、グロッキーになった世阿弥マシンを見て「立てーっ、世阿弥マシン!」と絶叫した。明らかに、あの声援は息子に向けた檄でしかない。寿三郎が世阿弥マシンの正体に気づいていないわけがない。父は息子のプロレス復帰を容認している。数週後、寿三郎は立ち上がって「お前、寿一だろ」(藤波辰巳の「お前、平田だろ」のオマージュ)と言うと見た。
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