解像度は退屈な暮らしを豊かなものにする鍵
ちょっと話が大きくなってしまったので「夕凪」に話を戻そう。
2020年末、宮崎智之著『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)というエッセイ集が刊行された。新刊書店でこの本を手にとり、頁をパラパラ見た瞬間「これは大当たりだ」と確信した。
著者は1982年生まれ。わたしよりひと回りくらい若い。すでに酒の飲みすぎによりアルコールを受け付けないからだになっている。けっこうヨレヨレだ。しかし彼の思想は穏当かつまっとうである。
この本の中で「凪」という言葉が出てくる。
凪とは、沿岸地域でたびたび発生する自然現象のことである。凪が来るとあたりは無風状態となる。
変化が激しい世の中で、凪の状態に身を置くこと。それは退屈な人生を意味したり、日常に埋没して思考停止したりすることではないのだ。日常にくまなく目を凝らし、解像度を高める。そして切り替わった瞬間の風を全身で、肌で感じとる。そういう生き方である。
以上、『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』宮崎智之/幻冬舎
引用文中の「解像度」という言葉は、退屈な暮らしを豊かなものにする鍵かもしれない。
『平熱のまま〜』では英文学者でエッセイストの吉田健一の文章をたびたび引用している。わたしも吉田健一の『乞食王子』(新潮社/1956年)は長年愛読している。
『乞食王子』の「安心の種」というエッセイで文士の生活は不安の種だらけだが、だからこそ自分が「間違いないと知っていること」を考えたほうがいいと助言する。
例えば、一定の時間がたてば必ず夜が明けることとか、友情の有難さとか、旨い酒を飲めば旨いこととかであって、そしてその中でも確かなのは、我々が今ここでこうしているのを誰も我々から奪うことは出来ないということではないだろうか。
『乞食王子』吉田健一/新潮社
「凪」のような停滞の中にもそのときどきにしか感じられない光があり、音があり、においがあり、変化の予兆がある。
『ヨコハマ買い出し紀行』の初読のさいはわからなかったが、人生はピークをすぎてからの黄昏の時間がいやになるほど長い。からだのあちこちにガタがくる。もはや停滞がわたしの日常になりつつある。それでも季節の移ろい、日々の食事、本や音楽や映画、暇つぶしの散歩、旅行——なんだって解像度を高めていけば、おもしろ味が増す。
最後にこのコラムを読んで「つまらない」と思ったとしたら、たぶんあなたの解像度が足りない……という可能性もなきにしもあらずなのですよと言いたい。
■荻原魚雷「半隠居遅報」は毎月1回更新予定です。
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荻原魚雷『中年の本棚』(紀伊國屋書店)
気力・体力・好奇心の衰え、老いの徴候、板ばさみの人間関係、残り時間…人は誰でも初めて中年になる。この先、いったい何ができるのか―中年を生き延びるために。“中年の大先輩”と“新中年”に教えを乞う読書エッセイ。
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