西島大介『世界の終わりの魔法使い 完全版 1 すべての始まり』:PR

“世界”について私たちは何も知らない、そこからすべてが始まる──西島大介『世界の終わりの魔法使い』シリーズ、完全版として蘇る!

2021.1.12

文=宮田文久 編集=森田真規


ベトナム戦争を描いた長編『ディエンビエンフー』などで知られる漫画家・西島大介。史実を描いた同作と並んで、彼の代表作として知られているマンガが『世界の終わりの魔法使い』シリーズだ。

ファンの間で「せかまほ」の略称で親しまれ、長らく電子版でしか入手できなかったファンタジーシリーズの第1巻が、2020年11月に完全版として紙の本で刊行された。しかも2022年春までに、全6巻が完全版として復活するという(5、6巻は紙版で商業出版されるのは初めてのこと)。さらに完全版には描き下ろし短編が追加され、初回配本分には特典として【著者肉筆イラスト&サイン入りカード】が封入されている。

そんな西島大介ファンにも、ここから入るビギナーにもぴったりな「せかまほ」完全版第1弾のレビューをお届けします。

現実感を失った現実たる“今”にふさわしいファンタジー

世界なんてもうとっくに終わっていると思っていたのに、実際に世界が揺れ動いたとたん、本当に動揺する。『世界の終わりの魔法使い』は、そんな私たちにうってつけの作品だ。

そして2021年に生きる私たちは、16年前に刊行された本作のことを、とてもよくわかることだろう。何せ主人公は、「科学」を信奉する少年と、「魔法」の権化のような少女のふたりなのだから。

にっちもさっちもいかない世界に風穴を開けるのは、人知の結晶たる「科学」か? それとも説明もつかないミラクルとしての「魔法」か? あるいは両者は、手と手を取り合うことができるのか? 現実感を失った現実たる“今”にふさわしいファンタジーが、「完全版」として蘇った。

著者の西島大介にとって、2005年に刊行された本作は、自身2作目の作品だった。2000年代後半に学生時代を過ごし、西島作品に出会った本稿筆者が、その後20代の期間にかけて西島作品を読んできた動機をひと言で言うとすると、「ここには見たことのない何かが書かれている予感がするから」、ということだった気がする。

シリーズの原点となる「すべての始まり」

もちろん西島氏は、自身が敬愛するSFやアニメ、音楽へのオマージュを散りばめもする。その積層の中から、あるいはすでに遊び尽くされた廃墟の瓦礫の中から、取り出され、掲げられる新鮮なエモーション。おそらくはそうしたものに、読者は魅かれてきた。

実際、本作に描かれるのも、1000年前に「魔法大戦」が終わったあとの世界だ。人類は科学の粋(すい)を集めて「魔法星団」に勝利、「悪魔」と呼ばれた大魔法使いを刑務所に封印したが、大魔法使いの力は刑務所のうちから周囲を「不毛の荒野」に変えてしまった。しかも刑務所を守る村の人々は魔法が使えるようになり、科学は捨て置かれた。

少年ムギは、その中でひとりだけ魔法が使えない。彼は見向きもされない科学にこだわって、文字どおりガラクタのような「エア・ボード」を組み上げて空を飛ぼうとする。失敗つづきのムギは、いらつきながら口にする。「魔法なんて信じるもんか!」。

そんな彼の前に、魔法のホウキに乗った謎めいた少女アンが現れて──。流転する物語は、こうして幕を開ける。「せかまほ」シリーズの原点となる本書はまさに、「すべての始まり」と名づけられている。

ムギとアン、出会いのシーン。『世界の終わりの魔法使い 完全版 1 すべての始まり』より

大きな意義がある「完全版」紙の本での刊行

今回の「完全版」は2022年までかけて、既存の「せかまほ」シリーズ1〜4(「すべての始まり」「恋におちた悪魔」「影の子どもたち」「小さな王子さま」)を蘇らせるのみならず、新作の5「巨神と星への旅」、6「孤独なたたかい」も刊行していくという。

かねてより西島大介の読者は、同じ時代を生きる醍醐味というものを味わってきたはずだ。なぜなら作中には、たとえ現実とは離れた世界を描いているとしても、至るところに“今”という時代の空気も刻まれてきたからである。

もうとっくに終わってしまっていたかに見える世界に、更新されゆくものを刻むことで、析出するもの。世界の終わりの錬金術。「見たことのない何かが書かれている予感」は、その最中で育まれるわけであり、これから時代を並走する「せかまほ」の読者は、きっとこの「予感」を胸に、新たな巻を手に取っていくことだろう。

「完全版」刊行開始とほぼ時期を一にして世に出たエッセイ集『電子と暮らし』(双子のライオン堂)で、西島氏は自分が「資産家」だったことに気づいた、と語っている。すでに生み出してきた多くの作品がある、という意味での「資産家」。実際、氏は近年、過去作品の電子書籍化に、積極的に取り組んできた。

だからこそ今回、「せかまほ」シリーズの「完全版」が、紙の本として世に出ることには、大きな意義があるのだろうと思う。

読者としての体感からいえば、「西島作品の真骨頂である、見開きの一枚絵が目の前にドーンと広がる」ことがうれしい。とっくに終わったかに見えた世界を、キャラクターたちは飛び回り、跳ね回る。白い余白を存分に生かした西島作品のダイナミックな構図を、存分に味わえるようになったことは喜ばしい。

何も知らないこと、そこからすべてを始める

物語の前半、ムギが通う学校の先生は、黒板を背に、世界の成り立ちについて授業をしている。のちに先生は、少年に向かってこのように話す。

「わたしたちはこの砂漠の中にばらまかれた一粒の麦のようなものだろう/無限の時間と無限の空間にただ圧倒されるだけの存在」

こうした場面を読んで筆者が思い浮かべたのは、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の冒頭のシーンだ。黒板に吊るされた星座の図を前に先生は、ジョバンニやカンパネルラたちに向かって、銀河について説明をする。

「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか」

その正体がすべて星だと、頭ではわかっているのにぼんやりとして答えられないジョバンニと同じように、終わってしまっていたかのように感じていた世界について、私たちは何も知らない。何も知らないこと、そこからすべてを始める。『世界の終わりの魔法使い』は、遠く隔たった読者それぞれの目の前で、アンの口癖のような産声を上げる。何度でも。プー!

『世界の終わりの魔法使い 完全版 1 すべての始まり』収録の描き下ろし短編「繰り返しの世界」より

初回配本分特典
『世界の終わりの魔法使い 完全版 1 すべての始まり』の初回配本分すべてに【著者肉筆イラスト&サイン入りカード】が特典としてついてきます。
※【著者肉筆イラスト&サイン入りカード】は『世界の終わりの魔法使い 完全版』シリーズ全6巻すべての初回配本分に封入される予定です。


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宮田文久

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宮田文久

(みやた・ふみひさ)フリー編集者。1985年、神奈川県生まれ。Ex.株式会社文藝春秋(「淑女の雑誌から」担当時は、机上がハードなレディコミであふれた)。博士(総合社会文化)。雑誌『DISCO』編集人、イベント『わたわたフェス』主催。インタビュアーとなる機会も多く、2016年の独立以降では、一柳慧、細..

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