人が町を作り、町が人を作る。おもしろい町には、必ず「サロン」がある

2020.8.31

荻原魚雷 半隠居遅報 第10回

文=荻原魚雷 編集=森山裕之


「ひとりで地道に努力する時間も大切だが、誰とも会わずに部屋にこもりつづけていると、自分が何をやっているのか、どこに向かっているのかわからなくなる。わたしが深夜ふらっと近所の飲み屋に出かけたくなるのもそういうときだ」

文筆家・荻原魚雷は書く。町に出ると何かがある。人に会うと何かが生まれる。そうやっていつの時代も、人は世に出て、素晴らしい作品が生まれてきた。これからだって、そうだ。


トキワ荘、大泉サロン、阿佐ヶ谷文士村、ムーヴィン 才能は場の中で切磋琢磨することで開花する

増淵敏之著『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか コニュニティという「文化装置」』(イースト・プレス/2020年)は、様々な才能を輩出した「場」の磁力について考察した本である。

漫画家の話でいえば、寺田ヒロオ、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫が暮らした「トキワ荘」や1970年に上京した竹宮惠子、萩尾望都ら「24年組」の「大泉サロン」を例にとり、コミュニティの力に言及している。

近年、海外ノンフィクションでもキース・ソーヤー著『凡人の集団は孤高の天才に勝る 「グループ・ジーニアス」が生み出すものすごいアイデア』(金子宣子訳、ダイヤモンド社)やジョシュア・ウルフ・シェンク著『POWER OF TWO 二人で一人の天才』(矢羽野薫訳、英治出版)など、人と人との化学反応を論じた好著もある。

才能はひとりの人間の中で勝手に育つこともあれば、サロンなどの場の中で切磋琢磨することで開花することもある。それは世の東西を問わない。

トキワ荘の場合、新人の漫画家が集まり、一緒に暮らすことで「生活困窮と対峙しながら、相互扶助を行い、自らの夢の具現化を図ったのである」と増淵さんは述べている。

地方から身寄りのない東京に出てきて、仕事もあったりなかったり。誰かが原稿を落としそうになるとみんなで手伝い、寺田ヒロオは生活苦に陥った赤塚不二夫にお金を貸した。彼らの相互扶助=友情に関するエピソードは事欠かない。

「『中央線文化』とサブカルチャー」という項では、井伏鱒二を中心とした阿佐ヶ谷文士村(阿佐ケ谷将棋会)から、かつて高円寺にあったロック喫茶「ムーヴィン」の話に繋がる。「ムーヴィン」のオーナーの和田博巳は、「はちみつぱい」のベーシストとしても活動していた人物だ。

『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか コニュニティという「文化装置」』増淵敏之/イースト・プレス/2020年)

高円寺では「ムーヴィン」を嚆矢として、「JIROKICHI」などライブハウスやジャズ喫茶などが次々に登場してくる。このムーブメントが、現在の音楽文化の町、高円寺の基盤になっている。

増淵敏之著『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか コニュニティという「文化装置」』(イースト・プレス、2020年)

1972年、伊藤銀次はアマチュア時代の山下達郎が自主制作したアルバム『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を「ムーヴィン」で聴いた。そのセンスとクオリティに驚愕した伊藤は、山下のことを大瀧詠一に教える。大瀧は自らのアルバムのコーラスに参加するよう山下に依頼し……。いわゆる「ムーヴィン伝説」である。

この話は昔からわたしも高円寺界隈の飲み屋やライブハウスで何度となく聞かされてきた。中年のおっさんの今はそれを若い人に伝える立場になった。

新居格 評論家で無政府主義者、趣味は散歩とカフェめぐりの元杉並区長


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荻原魚雷

(おぎはら・ぎょらい)1969年三重県鈴鹿市生まれ。1989年からライターとして書評やコラムを執筆。著書に『本と怠け者』(ちくま文庫)、『閑な読書人』(晶文社)、『古書古書話』(本の雑誌社)、編著に『吉行淳之介 ベスト・エッセイ』(ちくま文庫)、梅崎春生『怠惰の美徳』(中公文庫)などがある。毎日新聞..

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