『愛がなんだ』の胸苦しさ再び。映画『僕の好きな女の子』に凝縮された“片想いのジレンマ”

2020.8.14

どうにもできない“片想いのジレンマ”

しかし「どうして告白できないの?」と問われても、「できないことはできないのだ」と主張しつづける人を肯定するのが又吉作品だから、結局は誰も加藤を否定することはできない。メインストリートを歩ける人ではなく、道の端っこでラブソングを歌っている人にスポットライトを当てるのが、又吉直樹という作家だからだ。ドラマ版『火花』のあの売れない路上ミュージシャンは、そういえば渡辺大知が演じていたことを思い出す。

監督の玉田真也は劇団「玉田企画」の主宰者でもある

玉田監督は本作を映画化するにあたって、加藤の恋愛観に自身をうまく投影できなかったため、どう感情移入したらいいか迷ったという。そんな玉田に又吉は手紙でこう伝えた。

「原作の根底にあるのは、『自分が好きなタイプの女性というのは、自分のことを好きではない女性である』というジレンマです」

この言葉は、あまりにも端的に加藤の感情を言い表している。この思いを託されてから、玉田監督の道が拓けたという。

加藤の胸に突き刺さる美帆の無防備なスキンシップ

だから本作『僕の好きな女の子』は、どうしようもなく美帆に吸い取られてしまう加藤の眼差しと、届けようとして届けることができない想いを丁寧に描き出すことに注力していく。

吐きそうになるほどの「好き」が静かにほとばしる

片想いというのは、想いが届かないということだ。どれだけ相手のことが好きで、相手と共に居たいと願っても、その恋心がけっして相手の心と同期しない……それが片想いのジレンマなのである。

本作でのその「届かなさ」は、たとえばモノで表現される。美帆のことを思って買っておいたが渡せない缶ジュースやケーキ。貸しても返ってきてしまうスニーカーやマンガ。想いは向かうべき矢印を見失い、浮遊してしまう。あの缶ジュースやケーキはいったいどこへ行ってしまうのか。

カバンを持たない加藤が美帆から大量のマンガを返される冒頭のシーン

加藤は、美帆に対して「好き」だと伝えられない一方で、この唯一無二な関係性に満足してもいる。告白して万一フラれでもしたら、もうこの関係を元に戻すことができないなんて考えたら……。

仲野太賀が演じる城戸の登場によって“ふたり”の関係は変化する

たとえば、なんの生産性もないLINEのやりとり。たとえば、少しよろつきながら横並びで歩く夜道。それが当たり前に存在することの、ずぶ濡れになるような贅沢。そのすべてはけっして、求めて得られるようなものではないのだ。それでも求めないと、これから先一生分の彼女との時間は保証されない。

そうやってぐるぐる回る自意識の物語が、前野健太による主題歌「友達じゃがまんできない」のストレートな歌詞と共に織り上げられていく。

友達じゃがまんできない
あなたの恋人になりたい
わたしの楽しい思い出全部あげるから
あなたの恋人になりたい

前野健太と大森靖子「友達じゃがまんできない」2014年12月14日

2019年に大ヒットを記録した片想い映画『愛がなんだ』は、恋をしたときの“狂気的ですらある盲目さ”が大きな共感を呼んだ。好きな人のことを思うと仕事すら手につかなくなるあの主人公テルコの執着を思うと、本作の加藤はもう少し冷静に恋をしているように見えるし、ある意味、恋することへの熱量が低く見えるかもしれない。

でもそうじゃない。彼は今にも「友達じゃがまんできない」と叫び出してしまいそうなほど、吐きそうになるほどの恋をしているのだ。

この映画が捉えつづける、「好き」という感情が静かに胸の内をほとばしる瞬間。その浮遊する感情の行く末に、どうか目を凝らしてみてほしい。

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  • 映画『僕の好きな女の子』

    2020年8月14日(金)より新宿シネマカリテほか公開
    監督・脚本:玉田真也
    原作:又吉直樹(別冊カドカワ総力特集『又吉直樹』内「僕の好きな女の子」)
    主題歌:「友達じゃがまんできない」 作詞・作曲:前野健太
    出演:渡辺大知、奈緒、仲野太賀、徳永えり
    製作・配給:吉本興業
    (c)吉本興業2019

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