どうにもできない“片想いのジレンマ”
しかし「どうして告白できないの?」と問われても、「できないことはできないのだ」と主張しつづける人を肯定するのが又吉作品だから、結局は誰も加藤を否定することはできない。メインストリートを歩ける人ではなく、道の端っこでラブソングを歌っている人にスポットライトを当てるのが、又吉直樹という作家だからだ。ドラマ版『火花』のあの売れない路上ミュージシャンは、そういえば渡辺大知が演じていたことを思い出す。
玉田監督は本作を映画化するにあたって、加藤の恋愛観に自身をうまく投影できなかったため、どう感情移入したらいいか迷ったという。そんな玉田に又吉は手紙でこう伝えた。
「原作の根底にあるのは、『自分が好きなタイプの女性というのは、自分のことを好きではない女性である』というジレンマです」
この言葉は、あまりにも端的に加藤の感情を言い表している。この思いを託されてから、玉田監督の道が拓けたという。
だから本作『僕の好きな女の子』は、どうしようもなく美帆に吸い取られてしまう加藤の眼差しと、届けようとして届けることができない想いを丁寧に描き出すことに注力していく。
吐きそうになるほどの「好き」が静かにほとばしる
片想いというのは、想いが届かないということだ。どれだけ相手のことが好きで、相手と共に居たいと願っても、その恋心がけっして相手の心と同期しない……それが片想いのジレンマなのである。
本作でのその「届かなさ」は、たとえばモノで表現される。美帆のことを思って買っておいたが渡せない缶ジュースやケーキ。貸しても返ってきてしまうスニーカーやマンガ。想いは向かうべき矢印を見失い、浮遊してしまう。あの缶ジュースやケーキはいったいどこへ行ってしまうのか。
加藤は、美帆に対して「好き」だと伝えられない一方で、この唯一無二な関係性に満足してもいる。告白して万一フラれでもしたら、もうこの関係を元に戻すことができないなんて考えたら……。
たとえば、なんの生産性もないLINEのやりとり。たとえば、少しよろつきながら横並びで歩く夜道。それが当たり前に存在することの、ずぶ濡れになるような贅沢。そのすべてはけっして、求めて得られるようなものではないのだ。それでも求めないと、これから先一生分の彼女との時間は保証されない。
そうやってぐるぐる回る自意識の物語が、前野健太による主題歌「友達じゃがまんできない」のストレートな歌詞と共に織り上げられていく。
友達じゃがまんできない
あなたの恋人になりたい
わたしの楽しい思い出全部あげるから
あなたの恋人になりたい
2019年に大ヒットを記録した片想い映画『愛がなんだ』は、恋をしたときの“狂気的ですらある盲目さ”が大きな共感を呼んだ。好きな人のことを思うと仕事すら手につかなくなるあの主人公テルコの執着を思うと、本作の加藤はもう少し冷静に恋をしているように見えるし、ある意味、恋することへの熱量が低く見えるかもしれない。
でもそうじゃない。彼は今にも「友達じゃがまんできない」と叫び出してしまいそうなほど、吐きそうになるほどの恋をしているのだ。
この映画が捉えつづける、「好き」という感情が静かに胸の内をほとばしる瞬間。その浮遊する感情の行く末に、どうか目を凝らしてみてほしい。
-
映画『僕の好きな女の子』
2020年8月14日(金)より新宿シネマカリテほか公開
監督・脚本:玉田真也
原作:又吉直樹(別冊カドカワ総力特集『又吉直樹』内「僕の好きな女の子」)
主題歌:「友達じゃがまんできない」 作詞・作曲:前野健太
出演:渡辺大知、奈緒、仲野太賀、徳永えり
製作・配給:吉本興業
(c)吉本興業2019関連リンク
関連記事
-
-
天才コント師、最強ツッコミ…芸人たちが“究極の問い”に答える「理想の相方とは?」<『最強新コンビ決定戦 THE ゴールデンコンビ』特集>
Amazon Original『最強新コンビ決定戦 THEゴールデンコンビ』:PR -
「みんなで歌うとは?」大西亜玖璃と林鼓子が考える『ニジガク』のテーマと、『完結編 第1章』を観て感じたこと
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会『どこにいても君は君』:PR -
「まさか自分がその一員になるなんて」鬼頭明里と田中ちえ美が明かす『ラブライブ!シリーズ』への憧れと、ニジガク『完結編』への今の想い
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会『どこにいても君は君』:PR -
歌い手・吉乃が“否定”したかった言葉、「主導権は私にある」と語る理由
吉乃「ODD NUMBER」「なに笑ろとんねん」:PR