吉田羊×大泉洋『2020年 五月の恋』は、リモートドラマの到達点

2020.6.5
2020年 五月の恋

文=大山くまお イラスト=たけだあや 編集=アライユキコ


リモートドラマの進化がすごい。全話無料配信もうれしい『2020年 五月の恋』(吉田羊×大泉洋)を深夜ドラマを愛する大山くまおがレビュー、これは傑作だ。

大泉さんとでしか考えられない

リモートドラマが花盛りだ。こんな時期にだってエンタテインメントにはできることがある、このまま終わってたまるか、というドラマ関係者の意地を見ているような気がする。

その最上の成果のひとつが、6月2日よりWOWOWプライムで4夜連続放送されたドラマ『2020年 五月の恋』だろう。放送時間は23時45分から毎夜15分。YouTubeでのWOWOWオフィシャルチャンネルでは先行して全話無料配信されているので、WOWOWに加入していない人でも観ることができる。

https://www.youtube.com/watch?v=q2MrICczrh0&list=PLaBzzOA-v6UneI4zVoNBSDx_8P-11rKr0
『2020年 五月の恋』WOWOW公式サイトでは、インタビュー動画も公開

出演は吉田羊と大泉洋のふたりだけ。主演ドラマ『コールドケース3~真実の扉~』(WOWOW)の撮影自粛がつづいている間にYouTubeで配信された『12人の優しい日本人を読む会』に参加した吉田が、「2時間の舞台戯曲ができるなら、分割すれば連ドラもできるはず」と発案。『ひよっこ』などで知られる岡田惠和がわずか10日間程度で脚本を書き上げた。監督は吉田主演の映画『ハナレイ・ベイ』の松永大司が務めている。

大河ドラマ『真田丸』で「洋&羊コンビ」として夫婦役を演じた大泉洋の出演も吉田たっての願いだった。大泉のもとにはマネージャーを通した依頼と共に、吉田本人からも「この企画は大泉さんとでしか考えられない!」とメールが届いたという。大泉は「本気の人の熱意というものはこんなにも早く世の中を動かすんだなーと感動しております」とコメントしている(コメントはすべてオフィシャルサイトより)。

大泉洋の「きつい?」に涙

離婚した妻と夫という究極のリモート状態にあるふたりが、間違い電話がきっかけで4年ぶりに会話するようになるというストーリー。それだけといえば、それだけなのだが、笑えて、泣けて、また少し笑えて、最後は温かい気持ちになる。このふたりはこのあとどうなるんだろう?と気になる連ドラらしい連ドラでもある。

吉田が演じるユキコは、大手スーパーマーケットの店舗で売り場を任されている。自粛期間中も連日売り場に立っていて疲労困憊の様子。大泉が演じるモトオ(「元夫」と書くらしい)は会社の潤滑油的な存在だったが、リモートワークによって自分の存在価値に疑いが生じている模様。そんなビジネスマン向けのネット記事、確かによく目にした。

モトオからの間違い電話に最初はつっけんどんな態度を取っていたユキコだったが、争いを好まないモトオの性格の前に、思わず職場で遭ったつらい話をしてしまって涙を流す。モトオがさらりと言った「きつい?」というひと言が胸にしみた視聴者も多かったのではないだろうか。モトオも昨今のドラマによく登場する「相手の話をしっかり聞く男」だ。ユキコと一緒にほろりとしながら、最後に笑わせてしまうのはさすが大泉洋。翌日からどちらも「電話かけようかな」「電話かかってこないかな」とスマホを見つめるようになっているのもたまらなくおかしい。

「潤滑油」が疲れを癒やす

画面は2分割でとてもシンプル。カメラも1エピソード13分回しっぱなしに見えるので、まるで舞台劇のようなのだが、ふたりのリモート(物理的な隔たり)はしっかり活きているのでリモートドラマならではの表現になっている。まったく奇をてらっていないのにこれだけおもしろいのは、ひとえに岡田惠和の脚本のよさと、ちょっとこれ素なんじゃないの?と思ってしまうほど自然な吉田と大泉の演技力のたまものである。

ふんわりとした大人のラブストーリーでありつつ、タイトルにあるように「2020年 五月」の物語であることが重要な意味を持つ。ユキコがスーパーで働いているという設定は、今、このとき、人々の生活を支えるために仕事をしている人たちへの感謝が込められている。脚本の岡田は次のようにコメントしている。

「医療従事者の方々はもちろんですが、皆が不自由なく暮らしていくために、あまり注目はされないけど外に出て働いてくださってる方々はたくさんいらっしゃいます。そういう方々の頑張りを忘れたくない。心に刻んでおくことが作家のするべき仕事だろうと思っております。本当にありがとうございます」

疲れたユキコの心をリモートワークによって存在感をなくしている会社の潤滑油のようなモトオが癒やすのだが、これは疲れた人々の心を不要不急と言われがちなエンタテインメントが癒やすこともあるよ、という比喩だろう。人は間違えて偶然出会ったテレビドラマのようなエンタメにだって救われることがある。

ステイホームがもたらした傑作

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大山くまお

1972年生まれ。名古屋出身、中日ドラゴンズファン。『エキレビ!』などでドラマレビューを執筆する。

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