藤井風は藤井風だけの山を登っている。“すがすがすがすがしい”真新しい領域を獲得した3rdアルバム『Prema』

2025.10.2
藤井風『Prema』

トップ画像=藤井風『Prema』ジャケット写真より

文=相田冬二 編集=森田真規


2025年9月5日に3rdアルバム『Prema』をリリースした藤井風。

北米を含むワールドツアーを開催するなどグローバルに活躍する彼の3年ぶりのニューアルバムは全編英語詞で、サンスクリット語で「愛」を意味する言葉をタイトルに冠し、ほかにはない佇まいを持ったものになった。

「真新しい領域を獲得している」というライターの相田冬二が『Prema』をレビューする。

藤井風は今、たったひとりで山に立っている──。

平明であることの美

藤井風のアルバム『Prema』を初めて聴いてからまだ6日目だが、もうずいぶん前から繰り返し耳にしてきたように感じるし、人生の一番つらいときを支えてくれたような錯覚にも陥っている。

つまり、もはや一番身近に「いる」名盤なのだ。まだ1週間足らずの「生まれたて」のはずなのに、ともに風雪を耐えてきた相棒と化している。今後、音楽史に刻まれていく名盤であるのはもちろんだが、それ以上に「俺の歴史」の同伴者であり、「俺の物語」の一部だこれは。衒(てら)いなく、そう言いきれるだけのポテンシャルがあり、親愛なる対象である。

だから、藤井風がどのようなキャリアを歩んできたアーティストなのかとか、前アルバムからこれまでの活動の経緯とか、そういう現実的な情報は一切要らない。私は英語を解さないので、全曲英語詞の本作が「何を歌っているか」まったくわからない。だが、「何を感じさせてくれるか」は明瞭に理解している。

そうだ、ここにはまず、平明であることの美が、当たり前の顔つきでまたたいている。とことん平明であるからこそ強靭だし、脳髄から爪先まで、心身の五臓六腑に沁み渡る。足りないものがない。多すぎることもない。飢餓もなければ、飽食もない。思わせぶりな態度を取らないし、媚びた仕草もない。さりげないアイコンタクトなんぞしゃらくせぇ。目と目を突き合わせて、なお「圧」がねぇのは、それだけ真剣な「まごころ」だってことだ。

Casket Girl

驚くべき“すがすがすがしさ”

一聴して、ベースに1980年代にヒットチャートを賑わせた洋楽のマナーが横たわっていることはわかる。だが、それがどうした。これは単にリズムをサンプリングしたものではないし、安易にフレーズを借用したものでもないし、ニュアンスの再現とか、ムードの再構成とか、そんなみみっちい次元にはない。

影響を受けた、そのインプレッションを丸ごと抽出して、刺身包丁で、繊維を傷つけないように捌(さば)き、もう丸ごと「喰ってくれよ」と供していることの、驚くべきすがすがしさがあるのみだ。いや、すがすがすがしさ、くらいは言ったほうがいいくらいの、すがすがしさだ。

郷愁みたいなものは微塵も漂わない。これは熟成マグロなのだ。あるいは、漬けマグロだ。職人がしっかり江戸前の仕事をした鮨は幽玄な味がするものだが、そういうことに近い。生ものなのに年季が入っている。

藤井 風 - Hachikō [Official video]

藤井風の声によって獲得した“真新しい領域”

サウンドプロダクションは相当緻密だが、余白がたんまり含まれている。音の壁で埋め尽くすことがない。隙間がある。距離がある。そこに愛がある。空気含有率の高い酢飯は、握り手が板の上に置いた瞬間、崩れ落ちそうな魅惑と妖しさを放つ。いわゆる「沈む」と表現されるものだが、藤井風の『Prema』にもたんまり空気が含有されていて、だから沈む。この沈みこそが、聴き飽きない要因だ。

やけにアッパーな曲や、泣かせにかかってるようなバラードはひとつもない。どれもがミドルテンポで、曲と曲とが、またがるように、もたれかかるように、つながっていく、連なっていく。

そこに色気がある。緩急に頼らない。起伏を用意することに安心してしまうのではなく、同じ調子で「終わらない音楽」をどこまで続けることができるのか。そんな途方もない試みを平然と敢行している。

冒頭曲も、ラスト曲も、ここでなければならないというクリアなポジショニングはあるものの、どれもが突出しない全9曲を前に、気がつけば丸ごとリピートしている。

全方位的であるということは、こんなにも逞しいことなのかと唖然とさせられる。完璧な彫刻はうしろ姿もまた美しいものだが、このアルバムには「どこからでも、どんなふうにでも、かかってこいよ」というような堂々とした挑発がある。

ポップだ。だが、藤井風の声が、この音宇宙の核となることで、エンタテインメントでもアートでもない、真新しい領域を獲得している。すがすがすがすがしい。

藤井 風 - Love Like This [Official video]

藤井風は今、たったひとりで山に立っている

ある女優にインタビューしたとき、こんなことを言っていた。

「私は私だけの山を登っている。いつか“私の山”の頂上に立てるかもしれない。そこからの眺めはきっと、私だけのもの」

藤井風は今、たったひとりで山に立っている。彼の頬がそこで感じているだろう、ひと筋の風が『Prema』にも吹いている。これが彼の優しさだ。風のおすそわけ。だから、私たちはこんなにもすこやかでいられる。

全9曲の構成はビニール盤をイメージさせる。おそらくA面とB面があるはずだ。だが、どこでレコードを「ひっくり返すか」は聴くたびに変わる。5曲目にアルバムタイトル曲がある。これをA面のラストと捉えるか、B面の幕開けと受け取るかで、音楽世界の印象も変わる。

その日の刻一刻と変化する天候や気温によって、私たちの気分やバイオリズムによって、それは変化する。藤井風『Prema』はそんなふうに私たちの日常と大気に寄り添っている。だからずっと新しいし、ずっと鮮やかなままなのだ。

Fujii Kaze - Prema [Official video]

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相田冬二

(あいだ・とうじ)ライター、ノベライザー、映画批評家。2020年4月30日、Zoomトークイベント『相田冬二、映画×俳優を語る。』をスタート。国内の稀有な演じ手を毎回ひとりずつ取り上げ、縦横無尽に語っている。ジャズ的な即興による言葉のセッションは6時間以上に及ぶことも。2020年10月、著作『舞台上..