2024年の『女芸人No.1決定戦 THE W』で優勝した、にぼしいわし。なんでもありの大会で、歴代優勝者のネタはどれもコント。それにもかかわらず、しゃべくり漫才のみで優勝を果たした。
以前「『THE W』歴代優勝は「コント」だが、「漫才」の優勝に期待したい」という記事を執筆したブロガーのかんそうが、ネタの着想や賞レースの戦略、今後の展望などについて、にぼしいわしに直接話を聞いた。
真正面からのしゃべくり漫才で優勝した快挙
2024年12月、『女芸人No.1決定戦 THE W』の決勝戦が放送された。
足腰げんき教室、エルフ、おかずクラブ、河邑ミク、キンタロー。、紺野ぶるま、忠犬立ハチ高、にぼしいわし、ぼる塾、もじゃ、やました、レモンコマドリ。この世の果てかと思うほどの濃いメンバーがそろうなか、8代目女王に輝いたのは、芸歴12年目のフリー芸人・にぼしいわし。2本とも漫才で優勝したコンビは今大会が初めてだ。
ピン芸、コント、歌、大人数、なんでもありの笑いの魔境『THE W』において、真正面からのしゃべくり漫才での優勝は間違いなく快挙。歴史に名を刻むコンビとなった。
先日にぼしいわしのふたりにお話を伺う機会があったのだが、その思慮深さと漫才への真摯な想いに、完全に撃ち抜かれてしまった。なぜ今大会でにぼしいわしのふたりが優勝できたのか、ふたりの魅力とはなんなのか、インタビューの言葉を交えながら紹介したい。
『THE W』優勝を果たした漫才の着想と展開
2024年の『THE W』について「ひっくり返す側としてはそろそろ波が来ると思っていた」と、伽説いわし(ときどき・いわし/写真右)は語る。
ファーストラウンドで披露されたのは『CHANEL』。「バイト先のおばさんからもらったCHANELの紙袋の中にほうれん草のおひたしが入っていて、まさかCHANELがおばんざい屋をやってると思わなかった」とまじめな顔で言う香空にぼし(きょうから・にぼし/写真左)に、いわしが困惑しつつもツッコんでいくという、王道のしゃべくり漫才だ。
改めて感じたのは、にぼしいわしの「テーマ選びの素晴らしさ」。老若男女問わず誰もが共感できる事柄を笑いに昇華させていく。ネタ作りは基本的にツッコミであるいわしが担当で、日々思いついたあるあるや気になった物事を細かくメモしてそれをもとに漫才にしていく。「CHANEL」も「袋が立派で中身が微妙なお土産をもらう機会が多かった」ことから着想を得ているという。
「ハイブランドが絶対にやってないであろう商品」と大喜利に展開させていくその発想力がすごい。超高級なファッションを扱うCHANELと最も対極に位置するワードの「おばんざい」。これを思いついた時点で勝ちではないだろうか。
さらに単なる「あるある」や「ワードセンス」で終わらせるだけでなく、中盤はスライスにした南瓜(かぼちゃ/なんきん)がCHANELのロゴに酷似しているという発想から「これは天ぷらの南瓜(なんきん)です! みなさんご一緒に!」と促すことでふたりの妄想と観客の脳とを一体化させている。そうすることで後半のCHANELのおばんざい屋のコントがスムーズに頭に入ってくる。この展開のさせ方がうますぎる。
さらに素晴らしいのは「ふたりがその場でしゃべっているかのようなリアリティ」だ。「台本感のなさ」と言い換えてもいいのかもしれない。ネタは基本的にいわしがすべて台本に落とし込んでから初めてにぼしに渡されるらしいのだが、ほぼ当て書きだという。
1本目のネタにしても「CHANELがおばんざい屋をやっていると信じ込んでるにぼし」という設定が設定を超えて本人の中に入っているかのような衝撃があった。にぼしのネタに入ったときのブレなさ、憑依力は凄まじく、やはりいわしの考えた設定を100%活かせるのはにぼしのキャラクターがあってこそなのだと感じた。
ファイナルラウンドで披露されたのは『アイドル』。「アイドルはウンコしないから卒業したあとウンコしたときめちゃくちゃ緊張するんちゃうかな」と気づいた、というにぼしの発言から始まる。
序盤は「ウチが推してたアイドルも15年やってこないだ卒業したけど、15年ぶりのウンコか〜甲子園みたいやな」と異常なまでにアイドルの発言を信じているにぼしの狂気性が目立つのだが、
「え〜、でもさ〜、1万人の中からオーディションで選ばれて、毎日毎日厳しいレッスンに耐え抜いてがんばってがんばってその地位をつかんだのに、たまたま共演した将来性のない男タレントとすっぱ抜かれるかな?」
この脳天を殴られるようなひと言から、
「ウチ、みんな愛してるよって言いながらウンコしているアイドルがいい」
と狂ったようにアイドルオタクの模範囚のような宣言を繰り返しながらその場でウンコをするにぼしに一撃を食らわせ、
「なんで和式やねん!!!!!」
と叫ぶいわし。このクライマックスまでの流れは「圧巻」というほかなかった。
一見するとバカバカしい下ネタと捉えられかねないネタなのだが、昨今のアイドルブーム、推し文化の隆盛に、ある意味「一石を投じた」と言っても過言ではない、完全に時代に刺さる漫才だった。「アイドルの熱愛はウンコのカモフラージュ」という言葉はアイドルファンが一生心に留めておきたい名言だろう。
賞レースで勝つためのネタ選び
いわしは「お笑いをそこまで見ていない層」にもウケるようにネタ選びにもかなりこだわっており、今回披露した2本の漫才は『THE W』の空気に完全にハマったという。
「体感として、準決勝の客層は男性が多くて、決勝は女性が9割。CHANELのおばんざいのネタは決勝でウケると思っていて、アイドルのネタは、女性芸人やアイドルを推している男性が多い印象がある準決勝ではウケるけど、決勝ではどうかなと思ってたんです。でも今はアイドルブームで、女性も(女性の)アイドルを推す時代なので、ネタがバチっとハマった感じがしました」
常に環境に合わせながら「最もウケるかたち」をチューニングし続けるにぼしいわしだからこそ手繰り寄せられた必然。それが「『THE W』史上初の漫才での優勝」につながったのかもしれない。そして『M-1グランプリ』について、いわしは以下のように話した。
「“女性”という枠組みを気にしてはいないですけど、大鶴肥満が“大きい”みたいに、特徴の一種ではあると思います。テレビや賞レースで勝つためには、笑いどころをわかりやすくすることが大事。でもそれだけだと淡白になるので、キャラクターや概念を入れていき、そこに“女性漫才師”という特徴が乗っかると強いと思っています。令和ロマンが2連覇して更地状態になったので、チャンスを逃さないようにしたいですね」
インタビューの最後には「2025年は『M-1グランプリ』に集中したい」と語ってくれた、にぼしいわし。私もいちファンとして『THE W』、『M-1グランプリ』の二冠という前人未到の頂を見てみたい。