大学お笑い出身テレビマンが考える、メディアにおける「大学お笑い」の違和感とその正体

2024.7.31
ふたつぎ大学お笑い記事アイキャッチ画像

文=ふたつぎ 編集=鈴木 梢


大学お笑い出身者で、現在も芸人として活動しながら、テレビディレクターとして働くふたつぎ。QJWebではこれまで「大学お笑い」に関する多くの記事を制作してきた。かもめんたる・岩崎う大や令和ロマンなど、大学お笑い出身者たちの声を直接聞き、ふたつぎもいくつかの記事の制作に関わりながら「大学お笑い」の歴史と今について考えてきた。

そんなふたつぎはここ数年、「大学お笑い」という言葉がメディアで消費される様子に違和感を覚えている。本記事ではそんな違和感の正体と、メディアの人間だからこそ抱くジレンマ、そして「大学お笑い」の現在について紐解いていく。

そもそも「大学お笑い」とはなんなのか

ここ数年、テレビやYouTubeで「大学お笑い」という言葉を多く見るようになった。私が大学のお笑いサークルに所属していた6年前は、メディアであまり見かける言葉ではなく、お笑いサークルに所属する学生たちとその卒業生だけが使っていたように思う。

しかし、大学お笑い出身者たちが賞レースなどで結果を残し、テレビの露出も増えたことで、その共通項であるお笑いサークルに注目が集まった。それからメディアでは「大学お笑い」としてくくられて説明されたり、出身者と非出身者の対立構造の企画が組まれたりすることが多くなったと感じる。

私は大学のお笑いサークルに所属していたひとりとして、現在の「大学お笑い」という言葉の消費のされ方に違和感を覚える。しかし同時に、テレビディレクターとしてその言葉の使い勝手のよさも感じている。

そもそも「大学お笑い」は「大学時代にお笑い活動をすること」という比較的広い意味を持ち、言葉の定義が少し曖昧である。たとえば「東京NSC〇〇期」や「早稲田のお笑いサークルLUDO」といった事実に基づいたくくり方であれば理解しやすいが、「大学お笑い」は言ってしまえばサークル、活動地域、活動時期を問わずくくることができるので、言葉として使いやすい。

歴史をたどると、ナイツ、エレキコミック、ラーメンズ、かもめんたるといったコンビも(当時は別のコンビやグループだった人もいるものの)大学時代にお笑いサークルや落語研究会、寄席研究会などに所属し、お笑い活動をしていた。90年代後半ごろの話である。

テレビなどで「大学お笑いの主な出身者」が説明されるときは、ラランド、令和ロマン、真空ジェシカ、トンツカタン森本晋太郎、ハナコ岡部大、マヂカルラブリー村上、ミルクボーイ、ななまがり──といった面々の名前が羅列されることが多い。しかし、それには少し違和感を覚える。もちろん皆、大学のお笑いサークルで活動をしていたことに変わりはないのだが、ひとくくりにするには広すぎるように感じるのだ。

私感だが、学生の間で「大学お笑い」という言葉が使われ出したのは、2011年に大学生のお笑いの大会『大学芸会』が生まれたころ(※)で、それ以前はあまりなじみのない言葉だったと記憶している。

※2005年、2006年にも『大学お笑い日本一決定戦』という大会が開催されていたが、前述した『大学芸会』に比べて参加した学生芸人の地域がかなり限られており、参加団体数が少なかった

そのため、2011年前後にお笑いサークルに入った令和ロマンやラランド、さすらいラビー、ストレッチーズといった面々が「大学お笑い」という言葉を用いることには違和感がないのだが、ミルクボーイ、ななまがりらがお笑いサークルで活動していたのは2000年代であり、その面々から「大学お笑い」という言葉を聞くことは比較的少ないように思う。

メディアにおける「大学お笑い」の違和感の正体

では、なぜここ数年「大学お笑い」という言葉が盛んに使われるようになったのか。それは冒頭にも述べたように、出身者たちの活躍が目立つようになったことで「大学お笑い」という言葉がある種ブランド化し、引きのある言葉となったことがひとつの理由だと考える。

くくりやすい言葉は、消費されやすい。これは「第7世代」のときにも似た感覚があった。番組タイトルや見出しにしやすい言葉は、メディアが好んで使う傾向にある。対外的なキャッチーさだけでなく、企画を成立させるために便利な言葉になるからだ。そしてそれは時として、違和感を生むのではないだろうか。

大学お笑い出身者としては、メディアでムーブメントのように「大学お笑い」が扱われ始めてから、今まで学生たちが大切に守ってきた城を大人たちに侵略されるような感覚があった。「大学お笑い」という言葉はもともと学生が使っていた言葉であり、その土壌も学生主体で作り上げたものであるからこそ、言葉を雑に消費されるのは、どこか寂しい。

「大学お笑い」の中にも、正統派漫才からキャラ漫才、スタイリッシュなコント、歌ネタ、力技のコント、段ボール芸などさまざまなネタをする人がいて、サークルによって雰囲気や特色も異なる。

しかしメディアで「大学お笑い」が扱われるとき、大喜利やセンス系のお笑いを好むトガった集団として一緒くたに捉えられることも多い。メジャーの立場にあるメディアやタレントが「大衆的なお笑いを好まず、大喜利やセンス系のお笑いをするトガった集団」として「大学お笑い」を嘲笑し消費するのは、大学お笑いを見ていない証拠を露呈しているように思えるのだ。

一方で、私もテレビ業界のすみっこで働いている者として、使い勝手のいい言葉に頼りたくなる気持ちはわかる。たとえば上司に企画を提案する際、キャスティング案を羅列するだけでなく「現在『大学お笑い』がお笑い界のトレンドとなっており、この企画ではその出身者である令和ロマン、ママタルト、ストレッチーズ、シンクロニシティをキャスティングしたい」といったほうが、テーマ性があり、理由づけもできているので、当然だが企画が通りやすい。

つまり私自身もまた、「大学お笑い」という言葉を自分のために利用している。出身者だからこそ、言葉が消費されていくことに違和感を覚えながら、私も「大人たち」と同じことをしている。「大学お笑い」というくくりはヒットコンテンツになり得る要素であり、メディアの人間として、悲しいかな、お金になりそうなコンテンツだとも思ってしまう。

もしかしたら私が覚えてきた違和感の正体は、「大学お笑い」という言葉を使うときの目的にあるのかもしれない。「おもしろいものを作りたい」「大学お笑いをもっと知ってもらいたい」といった目的ではなく、「よく知らないけど今、大学お笑いが流行ってるらしいから数字になりそうだし企画にしよう」とか「大学お笑いってお金になりそうだから乗っかってみよう」といったように、ただひとつのビジネスを成功させるためのツールとして使われるとき、違和感を覚えるのだと思う。

「大学お笑い」という文化自体が、お金のためでなく純粋におもしろいお笑いを追求するものだからこそ、そこに愛のないビジネスが絡むと小さいアレルギー反応が出るのだと思う。

「大学お笑い」はもはやカウンターではない

しかし一方で、そんなヒットコンテンツになりそうな「犬学お笑い」がメディアによって消費されていくことで、世間からの印象もまた次第に変化してきている。

数年前まではアングラ的でどこかカウンター的な側面のあった「大学お笑い」は今、「高学歴であまり苦労もせず芸人になった人たち」のような見られ方をされることもあり、Googleで検索すると「大学お笑い 嫌い」や「大学お笑い つまらない」といった言葉も多く出てくる。

おそらく、テレビでくくられた「大学お笑い」の一部を見た視聴者は、下積みもそれほどせず親のお金で一流大学まで出してもらった上で芸人活動をする(ように見えるかもしれないが、実際は人それぞれ状況が違う)彼らに対し、いい気持ちがしないのだろう。

常々思うが、お笑いはカウンターの立場のほうが応援されやすい。メディアで働いているものとして、「自分より下で、自分はまだ大丈夫だと安心できるもの」や「自分とはかけ離れた強いものや美しいもの」をテレビで観たい人が多いと思うことがしばしばある。お笑い芸人は視聴者から「笑ってもいいもの(自分より下だと感じるもの)」だと捉えられることも多く、それなのに学歴などのスペックが高い「大学お笑い出身者」がかわいくないのかもしれない。実際、最近はそういった視点で扱われ、注目を集めているコンテンツを目にすることもある。

「大学お笑い」はメディアで紹介され、人気を博してきたと同時に、カウンター側ではなくなったのではないかと思う。特に、「お笑い」という文化圏では、常に新しいカウンターが求められる傾向にあり、私自身も、「大学お笑い」が好きなのと同時に、お笑いファンとして「大学お笑い」がもうカウンター側の立場にないことを薄々感じている。

お笑い芸人として売れるためのルートの多様化

ほんの数年前までは、高卒で「NSC(吉本総合芸能学院)」や「スクールJCA(プロダクション人力舎のお笑い芸人養成学校)」などに入り、アルバイトをしながら芸人活動を続け、小さなライブハウスで何年も苦労して大成するというのが芸人の一般的なルートであった。しかしそこに「大学のお笑いサークルで楽しみながらネタを磨いて売れる」という今までになかったルートが可視化されてきたことで、新しいものとして注目された。

しかし今では、そのルートもお笑い芸人になるひとつのルートとして当たり前になりつつある(お笑いサークルを基準に大学を選ぶ芸人志望の高校生もいるとか)。また、近年ではワタナベエンターテインメントのコウキシンや、『おもしろ荘』(日本テレビ)に出演していた骨付きバナナなど、社会人をしながらお笑いの道を志すというのもひとつのルートとしてできつつある。場合によっては、おばあちゃんになってから芸人を目指すというのも道のひとつだ。

いわば、昔より芸人になるルートが多様化しており、「大学お笑い」はたまたまそのルートの中で売れた芸人の母数が多かっただけともいえる。「大学お笑い」も「高卒お笑い」も「社会人お笑い」も「東京お笑い」も「関西お笑い」も混ざり合ったお笑い界を見たいと、いちお笑いファンとして思う。

『NOROSHI』も『レジスタリーグ!』も『グレイモヤ』も『夜さり』も『若武者』も『いぶき』も『行列の先頭』も『MANZAI GROOVE』も『雨に打たれたら口紅』も『Jimbochoばちばちライブ』も『SUITS』も『英雄』も『濾過』も『Kakeru翔GP』も『ライジングオレンジ』も『エロゲネタライブ』も『東名阪漫才興行』も全部おもしろいと思うし、これからもいろんなお笑いを見ながら過ごしていきたい。

★「大学お笑い」の中にひとつだけ「犬学お笑い」があるので、時間がある人は探してみてください!

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ふたつぎ

1996年生まれ。青山学院大学のお笑いサークル「ナショグル」に所属し、『M-1』などにもエントリー。卒業論文は『ゴッドタン』(テレビ東京)などを題材にした「お笑い番組から考えるテレビ番組のデザイン」で、佐久間宣行がツイッターで「嬉しかったし、何より面白かったです!」とコメントするなど話題となった。現..

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