演劇モデル・長井 短。平成に生まれ、平成を生き抜いてきた彼女が、忘れられない平成カルチャーを語り尽くす連載「来世もウチら平成で」。
今回は「カラオケ」の思い出を振り返る。学生時代と比較し、大人になってカラオケで感じた“寂しさ”とは。
目次
学生時代のカラオケは「圧倒的主役」だった
最後にカラオケに行ったのっていつだっけ? 仕事関連の飲み会のあと、誰かがカラオケに行きたいって言い出して、抵抗する気力もなくついていったのが最後だった気がする。
大人になってからのカラオケは、あくまで「2軒目」。それに対して学生時代、10代のころのカラオケは、圧倒的主役……。
時代を彩った平成ソングを歌いながら、あの密室でウチら声を枯らしたね。ドリンクバーでお腹タプタプにして、夜ご飯なんだろ〜とか言いながら自転車に乗って、じゃ、また明日。
なんてかけがえのない時間だったんだろう。みんなのお決まりカラオケコースはどんなだった? 私はなんといってもV模擬のお疲れ会(ワラ
6時間ぶっ通しの「V模擬お疲れカラオケ」
中3の日曜日、私は駅前で朝8時くらいにリボンちゃんと待ち合わせする(ちなみに「リボンちゃん」ってのは、友達が先輩につけられたけど誰も使わなかったあだ名です)。
そこから自転車飛ばして近所の私立校へ。午前中いっぱい、都立高校の受験に備えて問題を解きまくる。
終わったらまた自転車飛ばして駅前へ。今日は朝から試験受けてがんばったし、もういいよね?勉強いいよね?ってことで、とりまゲーセンへ。
ソファつきのプリ機でひと息つきながら、「V模擬」って落書きしたら、よっしゃ行くぞカラオケ!
迷いゼロで「フリータイムドリンクバーパック880円」を指定して、以下私語はほぼない。6時間くらいふたりで歌いっぱなしである。どういうタイプの友達だよって感じだけど、事実そうだったのだ。
しかもなんのためかはわからないけど、たいていの場合、歌った曲を全部メモしてたよね……セトリとか言ってな……。
6時間÷ふたりだから、実質ひとり3時間歌っていたわけで、ワンマンライブの域を超えている。10代の体力ってほんとすごいよな。
仲仔メンツのカラオケでは、ひたすら各々の持ち歌を熱唱
こんなふうにただひたすらに好きな曲を歌いつづけるカラオケは、リボンちゃんとだけではなかった。仲仔メンツで行くときは、だいたいみんなしゃべらない。
「この曲みんな知らないから盛り上がらないかな?」なんて気遣いはゼロで、ただひたすらに各々が歌いたい曲を歌いつづけた。実はこっそり「これがきっかけでこの曲を好きになってくれたらいいな……」なんて淡い気持ちを抱きながら。
それではここで、担当楽曲を発表します!
・リボン:伊藤由奈
・まりぃ:JYONGRI、Aqua Timez
・いちご:YUI
・オーラの泉:アニソン全般
・アスパラガス(私):RADWIMPS
私のあだ名だけ突然の野菜、かわいげゼロであることはまた別の機会に詳しく説明するとして、本当にこいつら仲いいの?っていう布陣である。
誰も、一歩も譲る気はない。人の歌なんて聴いちゃいない。ウチらはただ歌いたいだけだった。
一応帰り道で「今日歌ってたあの曲のCD貸して」とは言うけど、それをどれだけ気に入ってもカラオケで歌うことは許されない。だってあいつの持ち曲だから。境界線を越えるな。陣地を守れ。それが俺たちのやり方だ。幸せだったなぁ……。
今でも忘れられない、Aちゃんの「じょいふる」
今思い返してみると、そんな空気でカラオケが成立するなんて考えられない。大人になってからのカラオケは、たいてい空気を読む場だし、恋の始まりを予感させる場だったりもするから。
ほかにも、どうして行くことになったのか思い出せない、そんなに親しくないクラスメイトとのふたりきりのカラオケや、ばったりサイゼで会った同級生と場面でなだれ込むカラオケもあった。
中でも私の記憶に強く残っているのは、国語の授業での音読の声が世界で一番小さいAちゃんの歌う「じょいふる」だ。
マイクを使ってるし、カラオケに行きたいってAちゃんも言ってたし、きっと音読のときとは違う声量が聴けると思ったのに、聴こえてくるのは「あい わな JOY と JOY と JOY と POPなベイベー」……
マママ、マイク入ってる!? この曲、こんなに静かに歌えるんだ!!!! おもしろさと同時に、どこまでも自分に無理をさせないAちゃんに憧れた瞬間だった。
カラオケに行かなくなった軽音楽部時代
月日は流れ、高校生になった私はカラオケに行かなくなる。軽音楽部に入ったからだ。
なんか、スタジオで?バンド?やってるんで?逆にカラオケとかいいっすわwwwてか、なんか〜音が悪いし?全然ベース聴こえないし?だからカラオケはいいわwww
……とは言ってませんが、そういう心意気だったと思います。とても恥ずかしいです。
すべての平成ソングが「寂しい」に塗り替えられた夜
さらに月日は流れ、私が次にカラオケに行ったのは成人式の夜だった。久しぶりに集合した地元のメンツ。大学に行かず、演劇を始めていた私は、同い年の人間に会うこと自体が久しぶりでものすごくドキドキしていた。
楽しく一次会が終わって、場面でカラオケへ……。それはかつて、何度も通ったカラオケ店だった。
あのころとは違う時間帯、あのころは飲めなかった飲み物。値段、こんなに違うんだ。
示し合わせたわけでもないのに、どのグループも同じカラオケ店に向かっていて、お店を貸し切っているような気持ちになる。どこの個室のドアを開けても、友達がいる。こんなに楽しい奇跡ってある!?
入店直後は超ハイテンションだったけれど、だんだん気持ちは凪いでいく。みんな、本当に好きな曲歌ってる……? あんなに色とりどりだったセトリは、そのときのヒットチャートで埋め尽くされていた。
誰かの歌を聴くってよりも、みんなでマイクを共有してアガり、そこに時々挟まれる不穏なバラードよ……。ドアを開けて「Ti Amo」が聴こえてきた瞬間、私はこれが本当の意味での成人式なんだと感じた。大人になるってこういうことなのか。
突然始まるまったく知らない曲を黙々と聴いて「これ何?」「宇浦冴香。『結界師』のオープニング」「ヘェ〜」とかは、今後簡単には起きない。
明日も明後日も会うわけじゃない人に、そこまで細かな自我をぶつけるのは難しいから。それよりも今、ここでイケてるとかって思われることのほうが大事なのだ。
自分たちの懐メロじゃない「そばかす」を、さもアンセムのように歌うあの子が寂しい。バスレクで叫び歌っていたはずの「さくらんぼ」を、適切な音量で歌うあいつが寂しい。
すべての平成ソングが「寂しい」に塗り替えられてしまったけれど、それすらも今はいい思い出だ。その時点での精いっぱい、自分がイメージする最大限の「大人」をかまし合って生きいくのが同級生だと、なんとなく私は感じているから。
16:9の画面の中に収まる4:3、その両端に生まれる黒い塗りつぶしの中に、私たちの思い出したくない青春が今も詰まっている。
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