いとうせいこう×上田晋也「退路を断って生きる」芸人のアイデンティティ

2020.1.15
いとうせいこう×上田晋也

文=鈴木 工 撮影=木村心保


くりぃむしちゅー上田晋也は、いとうせいこうを“恩人”と表現する。かつて放送されていた『虎の門』(テレビ朝日)内で「うんちく王」が始まり、上田にスポットライトが当たったのは、いとうせいこうのあと押しがあったからだった。

前編ではいとうがフックアップしたくなる人間の共通点について探った。後編はいとうの“本業”に迫る。作家、文化人、タレント、ラッパーなど多くの顔を持ついとう。彼の軸はどこにあるのだろうか。

※本記事は、2016年9月1日に発売された『クイック・ジャパン』vol.127掲載のインタビューを再構成したものです。

いとうせいこうの本業

上田晋也(以下、上田) せいこうさんの中で、自分の本業って何なんですか? 作家?

いとうせいこう(以下、いとう) こないだまで作家だったけど、今は飽きちゃってノンフィクションライターだね。最近は「国境なき医師団」にカーッと頭がいって、海外に視察に行ってはレポートをヤフーに書いてる。開高健でも沢木耕太郎でもない、自分なりのノンフィクションが書けないか模索していてさ。

上田 僕の場合、政治やスポーツの番組をやらせてもらってますけど、本業はお笑い芸人というものがある。せいこうさんは軸が変わるんですか。

いとう そうなんだよ。退路を断つのが好きなんだ。キレイにその場からいなくなりたい。

上田 だから何者かわからないんですよ。そもそも出版社を辞めてるわけですもんねえ。

いとう その時も「コントだ!」と思い込んで辞めちゃったんだ。「どうやって生活していくんだ?」と言われて、「シティボーイズ、中村ゆうじさん、竹中直人さんと一緒に暮らして、コントを作っていく」と本気で言ってたんだから。会社辞めたらたまたまTVのレギュラーが決まったから、発表の場がなくて凹むことは運よくなかったんだけど。

上田 なんで軸変えるようになったんでしょうね?

いとう 作家やって舞台やって……と軸が二つか三つあるのは前例もあるからできたんだと思う。でも俺の場合、人生が足りないぐらいジャンルが多かったんだろうね。庭で植物に水やってたらそのことについて伝えたくなるし、人を勝手にプロデュースしたくなるし。結果、目の前のことに集中するあまり、いつも背中がお留守なんだ。

上田 戻る場所があると、違うジャンルに行きやすいじゃないですか。失敗しても、「これ本業じゃねーし」という逃げ道があるから。でもせいこうさんは断つわけですよね。それって相当勇気が要るような。

いとう 殴りこんだり、勝負するのが好きなの。そこは芸人的資質があるんじゃないかな。たとえばラップでも、しばらく消えたステージにいきなり戻って、何年ぶりかのラップで若い子をオーッって言わせたい。その繰り返しで、ドキドキしてるのが楽しい。

でも戻ってくる時は、狂った目をしてるのよ。だって何かを残さなければ、元いた場所のやつらからすごい反発されるのわかってるんだもん。特に昔は「狂った目をしてる」ってよく言われてたな。

上田 ひどいですもんね、昔の宣材写真(笑)。

いとう そういう意味では、俺の一番奥には芸人というアイデンティティがいまだにあるんだと思う。それで今、『曽根崎心中』の新訳をやってるの。

それは文学者がするような近松門左衛門の解釈じゃなくて、300年前の舞台人がどうウケようとしたか、芸能でどう生活しようとしたか。そこから考えるとこの脚本になった理由がわかる気がしていてさ。学問ではない古典芸能を描くのは、今やりたいことだよね。

上田 やっぱりせいこうさんが何者なのか、突き止めるのは難しい。幅が広すぎますよ……。そういえば前に仏像の話をしましたよね。

いとう 実は上田も仏像好きだからね。

上田 それで仏像をテーマにしたマンガを出そうって。

いとう そんな話ししたっけ?

上田 えっ、忘れてるんですか!? あともうひとりの芸人と3人でミーティングしたでしょ。

いとう そうだ! すっかり忘れてた……。あれもやんなきゃなんねーな。

上田 やらなきゃいけないことが多すぎるんですよ!(笑)


いとうせいこう
1961年生まれ、東京都出身。1988年に小説『ノーライフ・キング』でデビュー。
1999年、『ボタニカル・ライフ』で第15回講談社エッセイ賞受賞、『想像ラジオ』で第35回野間文芸新人賞受賞。近著に『鼻に挟み撃ち』『我々の恋愛』『どんぶらこ』『「国境なき医師団」を見に行く』『小説禁止令に賛同する』『今夜、笑いの数を数えましょう』『「国境なき医師団」になろう!』などがある。
執筆活動を続ける一方で、宮沢章夫、竹中直人、シティボーイズらと数多くの舞台をこなす。
みうらじゅんとは共作『見仏記』で新たな仏像の鑑賞を発信し、武道館を超満員にするほどの大人気イベント『ザ・スライドショー』をプロデュースする。
音楽活動においては日本にヒップホップカルチャーを広く知らしめ、日本語ラップの先駆者の一人である。現在は、ロロロ(クチロロ)、レキシ、DUBFORCE、いとうせいこう is the poetで活動。
テレビのレギュラー出演に『ビットワールド』(Eテレ)、『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)、『トウキョウもっと!2元気計画研究所』(TOKYO MX)、『新TV見仏記』(関西テレビ)などがある。

上田晋也(うえだ・しんや)
1970年、熊本県生まれ。高校のラグビー部で知り合った有田哲平とお笑いコンビ「くりぃむしちゅー」を結成。ツッコミを務める。近年はコンビでの活動だけでなく、切り返しの速さや知識量を生かし『おしゃれイズム』や『Going! Sports&News』といった番組で司会者も務める。

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鈴木 工

(すずき・たくみ)ライター。雑誌『プレジデント』、『芸人芸人芸人』など、芸人関係からビジネスまで執筆する。

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