愛のある嘱託殺人と、“生きない理由”を探す人たち。生きることに意味はあるのか、ないのか!?

2023.2.17
章二は、ロシア人相手の中古電器店を営んでいたが経営に行き詰まる(映画『TOCKA〈タスカー〉』より)

文=末井 昭 編集=田島太陽


厚生労働省がまとめた2022年の自殺者数は、21,584人だった。前年より577人増えている。

日本の自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)は、ほかの国に比べて高いのだが、2003年の34,427人をピークに徐々に減少していた。しかし、2020年から再び上昇に転じている。コロナ禍で、世の中がすさんでいるのだろう。

気になるのは、若い人たち(10歳〜29歳)の自殺が多いことだ。もともとこの年齢層の自殺は減ることがなかったのだが、コロナ禍になってさらに増えている。

SNSを見ると、「生きるのがつらい」「生きる意味がわからない」「死にたい」といった言葉が拡散している。根底にそういう空虚感を抱えている若い人が多いのではないかと思う。

小中学校で、不登校者も増えているらしい。いじめられている子どもが、担任の教師にいじめを注意して欲しいと言うと、「そんな弱い気持ちで社会に出ても負けてしまうぞ」と言って、取り合ってくれなかったという話がある。その子はそれがきっかけで不登校になり、のちに自殺している。

子どもたちは、大人たちの欺瞞に敏感だ。「学校に行く意味がわからない」しいては「生きる意味がわからない」、そう感じている子どもたちも多いのではないだろうか。

自分を殺してくれる誰かを探して彷徨う人間ドラマ

早紀に嘱託殺人を依頼する(『TOCKA』より)
嘱託殺人を依頼する中年男性の章二(映画『TOCKA〈タスカー〉』より)

子どもも大変だが、大人も大変である。

鎌田義孝監督の映画『TOCKA〈タスカー〉』は、生きる意味を失った男(中年)が、自分を殺してくれる誰かを探して彷徨う人間ドラマだ。

北海道の東の果て根室で、ロシア人相手の中古電器店を営んでいた谷川章二(金子清文)は、妻と息子に先立たれ、ウツとアルコール依存症に陥り、店は経営に行き詰まり、借金だけが残り、絶望の果てに死を選ぶ。

章二は車で釧路に行き、釧路駅前でゾンビのように歩きながら、道ゆく人々に「ちょっといいですか? いい仕事があるんです。僕を殺してくれませんか」と声をかけるが、誰も見向きもしない。

ふらっと入ったスナックで、カウンターの中の女性に「殺してくれませんか、私を。生きる意味がわからないんです」と言うと、「生きる意味がわかる奴なんて、おるんか?」とあしらわれる。

死にたいんだったら、なぜ自殺を考えないのか? 観ていて、そういう疑問が湧いてくる。章二は、自殺サイトに「死にたいです。手伝ってくれたら、相応のお礼はします。連絡ください」と、電話番号入りで書き込む。

生きない理由を探しているのかも…

売れない廃品を不法投棄する幸人(『TOCKA』より)
売れない廃品を不法投棄する幸人(映画『TOCKA〈タスカー〉』より)

本田早紀(菜葉菜)も、生きる希望を見出せずにいる。歌手をしていたが、売れないまま30代半ばになり、所属していた東京の芸能事務所をやめ、結婚するつもりだった相手とも別れ、住むところもなくなり、北海道に戻ってきたばかりだ。 

実家に戻る踏ん切りがつかず、釧路にアパートを借りてスーパーでバイトを始めたが、仕事はつまらないし、収入は生活するのにギリギリだし、クレジットカードもツケが貯まって使えなくなっている。

自殺サイトの書き込みを見た早紀は、章二と会うことになる。「死にたいのか?」という章二の問いに、「生きない理由を探しているのかも…」と、呟くように言う。

章二は、小学生の娘を親に預けていること、その娘を受取人にして多額の生命保険に入っていることを早紀に話す。自殺だと額が極端に少なくなるから、誰かに殺してもらわなければならないのだ。早紀に手付金を渡し、協力してくれたら保険金から500万円払うと約束する。

早紀が二度目に章二と会うのは、章二が住んでいる根室の中古電器店だ。売れ残りの電気製品の中に、唯一使用している冷凍庫がある。その冷凍庫には、ビニールに包まれた女性の遺体が入っている。驚く早紀に、これは妻で、自分が首を締めて殺したのだと章二は言う。息子を小児ガンで亡くしてから、妻は自殺未遂を繰り返していた。苦しむ妻の首を締めたのは章二だった。

「ちゃんとしてあげようよ」と言う早紀に促されて、夜になってから妻の遺体を埋葬しに行く。そこは荒涼とした湿地帯で、廃品回収の会社に勤めている大久保幸人(佐野弘樹)の不法投棄の場所でもあった。

車ごと海に飛び込む偽装事故

北海道ならではの野外スケート場。幸人に背を向けて滑って行く(『TOCKA』より)
北海道ならではの野外スケート場。幸人に背を向けて滑って行く(映画『TOCKA〈タスカー〉』より)

章二と早紀がスコップで穴を掘っていると、ヘッドライトの明かりが近づいてくる。幸人がトラックで売れない廃品を捨てにきたのだ。

遺体を埋めているところを見られて、章二はスコップで幸人を殺そうとするが、早紀に止められる。

事情を聴いた幸人は、早紀を手伝うことにする。それしか生きる道はない。

幸人のアイデアは、章二と早紀が乗った車が運転ミスで海に落ち、泥酔していた章二だけが溺れ死ぬという偽装事故だ。自分は泳ぎが得意なので、海に飛び込んで早紀を助けると言う。このあとの幸人のセリフが、可笑しくもじんとくる。

俺、子どものころから水泳だけは得意で、俺、親父いなくて貧乏だけど、母ちゃん、水泳教室にだけは通わせてくれて、母ちゃん、ずっとひとりで働いて、俺を育てて、学校も専門まで出してもらって、今は病気だけど、でも、俺は役立たずで、就職しないでブラブラ遊んで、やっと見つけた仕事は、毎日毎日ゴミ集めて、撒き散らして、人を騙して怒られて、給料安くて女にも馬鹿にされて、親孝行も何もできないうちに、こんなところで死にたくねぇよ!!

幸人が考えた偽装事故は、室蘭の海岸で実行される。最初は章二が運転して、早紀が助手席に座るが、直前でハンドルを右に切ってしまう。運転を早紀に代わって再度挑戦し、車は海の中に沈むのだが……。

結果的にこの計画は失敗に終わる。しかし、次の日、章二は大型トラックに跳ねられ死んでしまう。

死ぬことは意外と難しく、意外と簡単

16mmフィルムカメラで撮影してデジタル(DCP)に変換している(『TOCKA』より)
16mmフィルムカメラで撮影してデジタル(DCP)に変換している

偽造事故失敗のあとどうなるか、詳しく書くスペースはないが、感じたことは、死ぬことは意外と難しく、意外と簡単だということだ。それと、嘱託殺人ということに関心がなかった(というか否定的だった)のだが、嘱託殺人にもいろんなケースがあって、愛のある嘱託殺人というのもあるんだなぁと思った。

鎌田監督は、早紀に見つめられながら、章二を死なせたかったのだろう。章二も早紀を見つめ、目を開いたまま死ぬ。そこに涙はなかったけれど愛があった。

最後に「生きる意味」について書いておきたい。

以前、自殺に関係がある人たち11人をインタビューした『自殺会議』(朝日出版社/2018年)という本の前書きを書いていたとき、何を書いていいのかさっぱりわからなくなって、苦し紛れに「生きてることに意味はないかもしれないけど、あなたが生きているだけで意味が生まれるのです」と書いた。「あなた」とは、自殺を考えている人のことだ。

前提として神様がいない世の中では、生きる意味はないかもしれない。しかし、生きていれば人との関係性の中に、生きる意味が生まれる。その意味が生きる推進力になる。苦し紛れに書いた言葉だけど、まんざらハッタリでもなかったような気がする。そんなことを考えたのも、『TOCKA』を観てからだ。

早紀も章二と出会ったことで、生きる意味が生まれたのかもしれない。誰もいない野外スケート場で、「まだ死にたいんですか。死にたくなったら、俺が殺してあげるよ〜」と叫ぶ幸人に背を向けて、早紀はスケートで遠ざかって行く。そのシーンのあと画面は真っ黒になって、しばらくしてエンドロールが流れる。その真っ黒な画面に、早紀が滑るスケートの音が重なる。早紀が生きて行く音のように思って少し涙が出た。

ちなみに「TOCKA」というロシア語は、憂鬱、憂愁、絶望などを意味し、その反意として、郷愁、憧れ、未だ見ぬものへの魂の探求、などの解釈があるらしい。

鎌田義孝監督は、この映画に対して次のようなコメントを寄せている。 

企画を考え始めたのは2006年頃。きっかけは二つの事件でした。一つは東京都中央区の中古パソコン販売会社の社長が、ネットで出会った少年に自らの殺害を託すが、未遂に終わった嘱託殺人事件。もう一つ、 同じ頃、韓国で起きた同様の事件。依頼したサラリーマンは、青年に殺害され目的を果たした―。この紙一重の差は何なのか?〝本人の意志を受けて、他者がその人を殺すこと〟=〝人間の命を最後に自由にすること〟。 

その是非に自分は答えを出せなかった。だから撮りたかった。今、世界が長寿社会へ進む中、血縁の無い者同志が、命の終わり方を考えることは非常に重要なことだと思う。俺もおっさんだ。友も親父も死んだ。そして 2022 年、ゴダールが〝自殺幇助で死んだ〟という事実が、突き刺さる。私が生まれ育った北海道はアジアの辺境地。ロシア、中国、アメリカ、日本に翻弄され続けている特殊なエリアだ。ここから世界に発信したい。映画『TOCKAタスカー』が、一人でも多くの人の心に届きますよう願っています。

公式サイトより

『TOCKA タスカー』は2023年2月18日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開!!

 

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末井 昭

(すえい・あきら)編集者、エッセイスト。『ニューセルフ』(セルフ出版)、『写真時代』(白夜書房)、『パチンコ必勝ガイド』(白夜書房)などを立ち上げ、編集長を務める。『自殺』(朝日出版社)で第30回講談社エッセイ賞を受賞。1982年の刊行以来、さまざまな出版社から文庫化され、版を重ねている自伝的エッセ..

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